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[特集]

第2回「ベトナム日本国際ユースカップ U-13」開催記念、トルシエ監督&井尻監督によるスペシャル対談

2019/12/14 05:00 JST更新

(C) Miwa ARAI
(C) Miwa ARAI
 J1川崎フロンターレとベトナム1部ベカメックス・ビンズオンFCが協力して開催する「ベトナム日本 国際ユースカップ U-13」が今年も東南部地方ビンズオン省で開催される。昨年は日越外交関係樹立45周年記念事業の一環として行われた同大会は、今年で2度目の開催を迎え、今年末も両国の強豪ユースが集まって火花を散らす。

 大会実行委員会は開催決定を記念して、両国の育成年代のサッカーに造詣が深い二人の指導者によるスペシャル対談を企画した。その人物とは、元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏と、日本サッカー協会(JFA)からベトナムサッカー連盟(VFF)に派遣された井尻明氏。両氏は現在、男女のU-19ベトナム代表監督を務めており、ワールドカップ初出場というベトナムの悲願を達成すべく尽力している。(※対談は10月下旬にハノイ某所で実施)

『異国の地、ベトナムでの暮らし』

トルシエ:ハノイで生活を始めて15か月。私の人生は常にサッカーと共にあります。今の生活は8割がPVFアカデミー(※ベトナムのプロサッカー選手育成機関)とU-19ベトナム代表での仕事。残り2割がプライベートを楽しむための時間です。PVFではテクニカルダイレクターという役職ですから、監督とは異なって、より多岐にわたる仕事を任されます。監督時代は選手たちに直接指示を出して意見を伝えられましたが、今の仕事は各カテゴリー担当の監督を仲介しながら、マネジメントを行わなければなりません。自分にとって新しい仕事で、挑戦の日々ですが、充実した生活を送っています。ですが、自分は根っからの現場指導者なので、実は練習風景を見るたびにうずうずしていたんです。そんな時、U-19ベトナム代表の監督就任オファーが舞い込んできました。U-19代表を率いて1か月が過ぎようとしていますが、やはり現場の空気はいいなと実感してます。

井尻:私はベトナムに来てまだ半年程ですが、まず驚いたことはベトナムという国がこんなにも発展して近代化しているのかということです。ベトナム戦争を描いた映画を観てきた世代なので、高層ビルが乱立している今のハノイの街並みを見て驚いたというのが、最初の印象です。今は郊外にあるベトナムサッカー連盟(VFF)の施設内にある宿舎で生活していますが、少し移動すればショッピングセンターもありますし、住むのにそれほど苦労はありません。

『ベトナムサッカーと日本サッカー』

トルシエ:ベトナムと日本を比べた場合、当然レベルの差というものがあります。もし一発勝負ならベトナムにも勝機はあります。今年初めのアジアカップでベトナムが日本を苦しめたのが、その例です。勝敗を分けたのはVARで得たPKの1点だけでした。しかし、10試合通して対戦するならベトナムが勝てる確率は1割。逆に言えば1試合は勝てるということ。何が起こるか分からないのがサッカーです。日本サッカーの発展は93年に開幕したJリーグの存在によるところが大きい。ベトナムにも国際レベルの選手はいますが、その数はせいぜい2~3人。一方の日本にはヨーロッパでプレーする選手が数十人もいます。これが今の両国の差です。

 ベトナムも最近は施設に投資しているとはいえ、練習環境もまだ日本には及びません。若手育成に関しては、コンペティションの部分でベトナムは大きな問題を抱えています。U-19では公式戦が年間10試合しかありません。日本とベトナムの10歳にレベルの差はないでしょう。しかし4年後は技術面で差がつき始め、8年後には大きな差に開いています。ベトナムに日本のような計画的な若手育成制度があれば、より多くの才能を育てることができ、日本との差を縮められると思います。

井尻:日本とベトナムは、どちらもアジアの国なので、もちろん体格面をはじめ、似ている部分はあります。女子について言えば、ベトナムの方がよりフィジカルを重視したサッカーをしている気がします。でも、ベトナムで盛んなフットサルを見てもわかるようにテクニカルな部分もベトナムの選手は秀でているので、この二つが上手く組み合わされば、5年後、10年後はどんな成長を遂げているか分かりません。

 ただ先程、トルシエさんが話したように、ベトナムは日本のトレーニングセンターのような若手育成制度が整っていないので、将来の発展を考えると、育成はこれから大きな課題になってくるでしょう。男子のコンペティションの話も出ましたが、実は女子もU-19年代は公式戦が年間8試合しか組まれておらず、大きな問題だと感じています。

トルシエ:男子で言うと、ベトナム人選手のフィジカルはまだ弱いと思いますが、井尻さんはどこに問題があると考えていますか?日本もかつてはフィジカルが課題と言われていましたが、現在はかなり改善されていますよね。私が20年前にU-19日本代表を指導していた頃と比べて、現在のU-19代表は体格がまるで違うと感じました。韓国はさらにフィジカルが強靭で、先日、U-19ベトナム代表を率いてU-19韓国代表と親善大会で対戦した時の韓国メンバーには185cm以上の選手が多かったようです。

井尻:日本人の体格が良くなっているという点では、サッカー以外の部分で国民全体の生活水準が向上して誰もが栄養のあるものを摂取できるようになったことが第一にあります。食生活の部分によるところが大きいですね。サッカーの育成に話を戻すと、トルシエさんの母国フランスにはINF(クレールフォンテーヌ国立研究所)という育成機関がありますが、日本にも小中学生年代を育成するシステムが確立しています。それがベトナムにはまだ存在しません。日本ではサッカーをする子供たちの裾野が広がってピラミッド型を形成していますが、ベトナムサッカーは、とても細いピラミッドの上に成り立っている状況です。

トルシエ:ベトナムにおける育成システム上の問題点ですね。もう一つ感じることとしてマネジメント力の欠如があります。システムやビジョンを持っていても、マネジメント力なくしては成功に結び付きません。現在のベトナムA代表とU-23代表がなぜ成功しているのかというと、それは韓国人のパク・ハンソ監督のマネジメント力によるところが大きいです。もしベトナム人監督なら、ここまでの結果は残せなかったでしょう。ベトナムの選手たちには素質がありますが、これまではポテンシャルが眠ったままでした。パク監督の指導とマネジメントのおかげで選手たちの中に眠っていた力が呼び起こされているのです。

 このマネジメントの問題は日本でも起こりうるもの。日本の社会は集団の決定をリスペクトしすぎたり、他者の面子を気にする文化があります。私がアンダー世代の日本代表を指導して成功できたのは、若い選手のマインドを変えることが出来たからだと思っています。私は外国人監督という立場ですから、選手たちにもっとエゴイストになれ!自分を出せ!と要求し続けました。これは外国人監督にとってのアドバンテージ。ヨーロッパを見ても強豪クラブで外国人監督が指揮しているところは多いです。それはローカル監督だと、ファンやメディアの批判に敏感になりすぎて自分の哲学を貫けないから。外国人監督の場合、そんなことは気にせず、言いたいことが言えるので、結果的にチームビルディングが上手くいくことが多いです。

『理想とする育成』

井尻:日本人の特徴で良いものの一つとして、いろいろな国の良いところを積極的に取り入れようとする点があります。日本サッカーは、ブラジル、スペイン、フランス、ドイツなどの影響を受けながら成長してきました。サッカー以外でも高度経済成長時代には、他国の良いところを取り入れてきた歴史があります。

 日本サッカーは2019年現在、日本人の森保一監督が代表監督を務めるようになり、ようやく自分たちのスタイルを探り始める時期に来ています。ですので、日本にとっての理想の育成というのは、まだ存在しないのかなと思っています。ヨーロッパの強豪国には、それこそ何百年という歴史があるわけで、それぞれの国が適した独自の育成システムを持っています。日本はそこには到底及ばないですし、まだ本当の理想には辿り着けていないのが現状です。どれか一つの方法が正しいということではなく、それぞれに正解があるのだと思っています。

トルシエ:私はこれまでに、いろいろな国で働いた経験がありますが、日本では学校の部活動が非常に盛んで、レベルも非常に高いです。部活動のサッカーは学校生活の中にあります。フランスなどでは、子供たちがサッカーをするのはクラブチームであり、学校ではありません。個人的にですが、日本の育成スタイルがとても好きです。

井尻:日本では近年、かつて部活動中心だった育成から移り変わりがあって、フランスのINFをモデルにしたJFAアカデミーを作ったり、最近だと、スイスやスペイン、ドイツのやり方を取り入れるなど試行錯誤している状況で、どんな方針が日本に適しているのかという迷いを感じながらやっています。

トルシエ:INFは私が指導者として初めて働いた育成機関です。U-15フランス代表を指導して、当時の教え子には、後にフランスを代表するストライカーになったジャン=ピエール・パパンがいました。個人的な意見ですが、INFなどの育成システムは日本には適さないと思っています。フランスではサッカーに注力している学校というのは存在しません。必然的にエリートたちの才能を育てるにはクラブやINFのような機関が必要になります。現在、私が働いているベトナムのPVFもINFと同じような育成機関で、ここには全国から優秀な子供たちが集まってきます。一方、日本はもっと良い環境にあると考えます。なぜなら、部活動の質が高く、フランスのクラブにも匹敵するからです。日本にINFのようなシステムがなぜ合わないかというと、子供時代からずっと家族と一緒に暮らす文化があるので、子供は親元を離れたがらないと思います。個人的にはそういった文化をリスペクトしています。日本の学校では、多くの子供が何らかの部活に入っているので、わざわざ他のクラブに行かずとも教育を受けながら、それぞれの才能を育てることが可能です。このような話は20年前にも日本側に伝えたことです。

『U-13年代で国際大会を経験する意味』

井尻:U-13でレベルの高い試合を経験するのは非常に重要ですし、それが国際試合であれば、なおのこと良い経験になりますから、両国の子供たちにとってプラス要素しかないと思っています。交流の機会が増えて、国際試合の経験をどんどんつけてもらいたいです。日本から遠いヨーロッパに行くには、お金も時間もかかりますし、そこに行ってしまうと、子供も親も浮足立ってしまって、サッカーをしに来たのか、旅行に来たのか分からなくなってしまいます。ですので、経済もサッカーも成長著しいベトナムというのは、遠征先として非常に良い選択だと思います。同じアジアの中で交流していくのは、とても大切なこと。アジア遠征でしか得られない経験というものもありますし、取り組み方次第で、日本側にとっては大きなメリットが得られる大会になると思います。

トルシエ:日本は、ベトナムが発展するうえで非常に重要なパートナー。両国はアジアに属しており、サッカーだけでなく、様々な分野で協力関係を築いています。サッカーでは、日本と韓国はアジアを牽引する存在であり、ベトナムはこれらの国から学ぶべきことが多いです。私はかつて日本で、現在はベトナムで働いているので、両国を結ぶ懸け橋になりたいとも考えています。過去の経験から、日本がベトナムの成長のために、どんなポジティブなことをもたらしてくれるのかを私は知っています。川崎フロンターレが開催する年末の国際大会には、我がPVFアカデミーも参加します。クリスマス休暇を返上することになってしまいますが、応援に行くつもりです。

 この大会はPVFと川崎フロンターレのみならず、ベトナムと日本、両国サッカーの協力関係強化にも貢献するでしょう。でも、11月にU-18日本代表とアジア選手権予選(@ホーチミン)で対戦する時、私たちベトナム代表は絶対に負けませんよ!…とは言っても、ベトナムのレベルを考えると、引き分けでも上出来でしょう。もし最終戦で日本と引き分けたなら、どちらも予選突破する可能性が高いです。いずれにせよ、日本との対戦を楽しみにしています。トルシエベトナムvs影山ジャパンは日本でも注目されるでしょう?(※結果はトルシエ監督の目論見通り0-0のドローで、日本が首位、ベトナムが2位で予選突破)

『U-19ベトナム代表』

トルシエ:ベトナムが現在、国を挙げて目指しているのが2026年のワールドカップと2024年のオリンピック出場。ここで主力を務める2001年から2003年生まれの選手たち。それが現U-19代表であり、6年後を見据えた長期的かつ綿密な計画が進行しています。代表選手を送り出すのは各クラブなので、代表チームの強化には各クラブが組織としてレベルアップしていくことも重要。

 PVFはベトナムサッカー連盟のパートナーとして、この目標を達成するために様々なエレメントを組み合わせながら、相乗効果を生み出していく役割を担います。もしU-19代表が今回のアジア選手権本大会に進めなかったとしても、そこで計画が破綻してしまうわけではありません。なぜならこの世代の最終的な目標は2026年のワールドカップ出場であるからです。これから壁にぶつかることもあるでしょう。やり方の変更を余儀なくされる時も訪れるかもしれません。しかし私たちの最終目標が変わることはありません。

井尻:U-19女子代表の直近の目標は、10月末から11月初めにかけてのアジア選手権で結果を残してU-20ワールドカップに出場すること。(※結果はグループステージ敗退)その後、2023年には女子ワールドカップがあります。この大会から出場国数が26か国から32か国に拡大します。ベトナムのFIFAランキングは現在34位なので、現実的に手が届くところまで来ています。現U-19代表の選手たちが4年後には、22歳、23歳になるので、選手として一番活躍できる年齢になっています。ベトナムの選手たちは、どうしても目先のことに囚われがちで、長期スパンでの目標を立てられない子が多いのですが、4年後を見据えて努力しようと意識付けしている段階です。ベトナムの女子選手はサッカーを始めるスタートラインが14歳、15歳と遅めなので、基礎技術の部分も磨いていかないといけません。

『Road to World Cup』

トルシエ:ベトナムサッカーは今、大きな成長のうねりの中にあり、現ベトナム代表チームは東南アジアトップと言っても過言ではないでしょう。理論上はアジアトップ10を狙えるだけの力があるかもしれません。次のステップとしてアジアトップ5の仲間入りができれば、それはつまりワールドカップ行きを意味します。ただ、現実はそう簡単にいかないでしょう。現在開催中のワールドカップ・アジア2次予選で勝ち残り、上位12チームに入って最終予選に進むことが現実的な目標になります。これもベトナムにとっては大きな進歩であり、大きな成功であると考えます。このプロセスに基づいて、出場国数が48か国に拡大される2026年のワールドカップ出場を目指していくべき。成長というのは、急ぎすぎずに。ステップバイステップです。

井尻:女子もベトナムは現在、AFF女子選手権とSEA Games(※東南アジアの五輪と呼ばれる国際大会)のディフェンディングチャンピオンという立場にあり、東南アジアではベトナムがナンバーワンと言えます。しかし、女子ではアジア全体を見ると、日本、韓国、中国、オーストラリア、北朝鮮という強豪がいて、ベトナムはこれらの国々とかなり実力的に開きがあるのが現状です。ベトナムでは今のところA代表の強化が最優先になっていて、若手育成の部分までは手が回っていない状況なので、これから優秀な選手を輩出していくためには、かなり長期的なことになりますが、5年後、10年後を見据えて、しっかりとじっくりと育成のピラミッドを形成する必要があると思います。やはり、ステップバイステップですね。


プロフィール
フィリップ・トルシエ

1955年生まれ。「白い魔術師」の異名で知られるフランス・パリ出身のサッカー指導者。現役時代は国内下部リーグでセンターバックとしてプレー。28歳で指導者に転身。フランス国内のクラブやアカデミーで指導した後、活躍の場をアフリカに移し、コートジボワール代表やナイジェリア代表の監督を務める。1998年から2002年までは日本代表監督を務め、小野伸二や本山雅志らを擁し“黄金世代”と呼ばれたU-20日本代表を率いて1999年のワールドユースで準優勝、中田英寿らが合流した2000年のシドニー五輪では日本を32年ぶりの決勝トーナメント進出に導き、2002年の日韓W杯では日本を史上初のベスト16に導いた。2018年にベトナムPVFアカデミーのテクニカルダイレクターに就任。2019年9月にU-19ベトナム代表監督に就任した。

井尻明(いじり あきら)
1970年生まれ。千葉県出身のサッカー指導者。高校サッカーの名門である市立船橋でセンターバックとして活躍し、高校総体で優勝、高校サッカー選手権で準優勝を経験。駒澤大学に進学した後、京都パープルサンガ、FC京都BAMB1993(現おこしやす京都AC)でプレー。現役引退後は指導者に転身し、JFAのS級ライセンスを取得。京都紫光サッカークラブジュニア/女子監督、FC京都BAMB1993コーチ、京都府トレセンコーチ、JFA アカデミー福島 U13/U18B監督、ナショナルトレセンコーチ、U-17日本代表コーチ、中国・広州富力足球倶楽部U15監督、AC長野パルセイロアカデミーダイレクターなどを歴任。2019年にJFAの指導者派遣によりベトナム女子代表のテクニカルダイレクターとU-19/U-16女子代表の監督に就任。

記事提供:ベトナムフットボールダイジェスト+
 

[2019年12月14日 ベトナムフットボールダイジェスト]
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