VIETJO - ベトナムニュース 印刷する | ウィンドウを閉じる
[特集]

“国家主席の理髪師” 40年間の思い出を語る

2013/08/25 08:36 JST更新

(C)  Vnexpress, ファム・ヴァン・ハン氏
(C) Vnexpress, ファム・ヴァン・ハン氏
 1950年生まれのファム・ヴァン・ハン氏は、長年にわたりベトナムの国家主席や首相の髪を切り続けてきた。ハノイ市ドンダー区に住み、若い頃は警備員として働いていたが、縁あって“国家主席の理髪師”という大役に抜擢された。  19歳のとき、ハン氏は東北部バック・カンにある公安高等学校に入学した。卒業後、健康面や体格の良さなどが評価され、護衛部(現在の護衛司令部)で警備員として採用された。  護衛部には、党や国家の指導者、海外からの要人の護衛及び散髪の任務を担う部隊がある。ハン氏には散髪の心得があったため、間もなくしてこの大役に抜擢された。その後の2年間は、警備員の仕事をこなしつつ、散発の技術に磨きをかけていき、ファム・バン・ドン首相から別室に呼ばれるまでになった。  「あれは1971年12月25日、クリスマスの日のことでした。ドン首相の髪を切った後、気に入ってもらえたのかどうか気が気ではありませんでした。その後、2階から降りてきた首相は、笑顔で私の手を取り、肩をたたいてくれました。首相の親しみやすい態度が私の緊張をほぐしてくれたのです」

 髪を切っている時、ドン首相は故郷のこと、家族のこと、社会のことなど、たくさんの質問をハン氏に投げかけた。あるときはこんな質問をされた。「君のご両親は家畜をたくさん飼っているかね?」ハン氏は「私の家族はもうすぐ子どもを産むメス豚を1匹と、鶏をたくさん飼っています」と答えた。驚いたことに、次に会ったとき、首相はそのことをちゃんと覚えていて、「君の家の豚は何匹子どもを産んだかね?」と尋ねられたという。  ドン首相のあと、ハン氏はトン・ドゥック・タン国家主席の散髪を担当した。主席はとても穏やかで、同胞のことを気遣っている印象を受けたという。「ある雨の日のことです。主席の髪を切っていたとき、主席はどんよりとした空を見上げて悲しそうに、こんな天候では増水や洪水がおこって同胞たちの食料が不足してしまうだろうと嘆かれていました」  主席の信頼を受けたハン氏は、その後も散髪の度に呼ばれ続けた。「晩年の主席のことを思うと胸が痛みます。疲労し、高齢のため体力も衰え、歩くこともままならない状態で病床についていました。それでも髪型はきちんとしておかないと気がすまなかったのでしょう。髪を切るときには誰かに手伝ってもらって、体を回転させたり、起こしたりして、散髪を受けていました」

 指導者たちの散髪には時間に制約があった。レ・ズアン総書記やボー・グエン・ザップ隊長はいつも忙しそうで、「10分で切ってくれ!」と急かされたという。そんな中、グエン・ミン・チエット国家主席だけは優しく「25分で切ってほしい」と言った。しかし彼は勇敢にもこう返した。「国務で全国民の前に立たれるのです。最高の髪型にさせていただきたいので、35分いただけませんか?」主席は、優しく頷いて彼の提案を受け入れた。  1970年から40年以上に亘り、多くの指導者の散髪を担当してきた。忘れられない出会いと別れがあった。今はハン氏自身も引退して、髪を切る相手は友人や家族だけになったが、かつて使っていた道具一式は記念にとってある。  現在も護衛司令部に務めるかつての同僚はこう語った。「ハン氏は数え切れないほどの指導者の髪を切ってきました。なぜ彼が40年もの間、首相や国家主席の理髪師を続けられたのかというと、一つには腕が良かったこと、もう一つにはこれが天職とも言えるほど、この仕事に縁があったのでしょう」 

[Nguyen Hoa Vnexpress  19/7/2013 14:06 GMT+7U]
© Viet-jo.com 2002-2024 All Rights Reserved.


このサイトにおける情報やその他のデータは、あくまでも利用者の私的利用のみのために提供されているものであって、取引など商用目的のために提供されているものではありません。弊サイトは、こうした情報やデータの誤謬や遅延、或いは、こうした情報やデータに依拠してなされた如何なる行為についても、何らの責任も負うものではありません。

印刷する | ウィンドウを閉じる