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[特集]

ラジオ「ベトナムの声放送局」日本語放送に生涯を捧げたトゥエットさん

2015/05/03 07:23 JST更新

(C)VOV、トゥエットさん
(C)VOV、トゥエットさん
 ベトナムの声放送局(VOV)日本語課の女性アナウンサーとして35年余りにわたって活躍し、2013年11月25日に68歳で亡くなったグエン・ティ・トゥエットさん(アナウンサー名:マイさん)のエピソードを、現在東北アジア支局長兼VOV日本語放送電子版編集長のリュー・アィン・トゥアンさん(同:アンさん)が発表した。その一部を抄訳した。  トゥエットさんは退職後の2001年5月に、日本ベトナム友好協会やリスナーなど「マイ・ファン」の招待を受けて、1か月間かけて日本中を訪問した。その時の様子を日本の新聞が報じている。  朝日新聞はトゥエットさんの略歴や今回の日本訪問の意義を写真付きで伝えた。毎日新聞は、外国語放送の著名なアナウンサーは国内外に大勢いるが、外国のリスナーが寄付を募って自国に招待した例はかつてなかったことと紹介している。  VOVは現在東京に支局を構えている。私(トゥアンさん)が支局開設のために東京に滞在していた時、会うリスナーのほとんどがトゥエットさんの日本訪問を話題にした。VOV開局時からのリスナー山田耕嗣さんによると、遠くにいた家族が久しぶりに帰って来たようにをマイさんを迎える雰囲気だったという。

 東京でのリスナー交流会では、放送が始まるテーマ曲の後のアナウンスの再現がリクエストされた。参加者全員が口ずさむテーマ曲の後、トゥエットさんは感動で言葉を詰まらせながら「こちらはベトナムの声放送局です。この放送はハノイからお送りしている日本語放送です。日本のみなさんこんにちは。マイです」とアナウンスし、盛り上がった。  トゥエットさんがVOVで働いていたのは、ベトナム戦争あり市場メカニズムの導入ありの激動の時代だった。1993~1995年には日本語課員がトゥエットさん、ファム・ティエン・ホアイさん(退職後死亡)、タ・ティ・ディエムさん(退職)の3人しかいない危機的な状況だった。その間もトゥエットさんは番組を制作しながら、次世代となる私達の育成に心血を注いだ。  トゥエットさんは、VOVでの10倍の給与を払うとの日系企業からの転職の誘いを断ったこともある。それに驚くと、「皆転職してしまったら日本語放送がなくなってしまうでしょ」。20年近く前に聞いたその言葉は、同様の誘いを受けることもある今なら理解できる。  トゥエットさんは、VOVとNHKとの関係強化にも貢献した。1997年には、NHKラジオがVOVのスタジオから12時間半、生放送した。この時のトゥエットさんの働きについて、後にNHKからVOVの幹部宛てに「彼女の助けがなければ成功できなかった」と感謝状が届けられた。  現在、日本語課スタッフは専門家の小松みゆきさんを含め7人で、うち1人が東京の特派員として活躍中だ。  

[VOV,11:27, 17/04/2015,O]
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