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[特集]

ベトナム最初のドン紙幣印刷工場、その歴史と変遷

2016/01/10 05:07 JST更新

(C) vnexpress
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 西北部地方ホアビン省ラックトゥイ(Lac Thuy)郡チーネー(Chi Ne)町には、ベトナム民主共和国(1945~1976年)の初期にベトナムで初めてベトナムドン紙幣を印刷していた工場が残っている。



 この工場は、面積7300ha余りの広大なチーネー農場の敷地内に位置する。ベトナム人一家が農場主のフランス人から金2000テール(75kg)相当で買い取り、紙幣印刷工場として使うために国へ提供したものだ。工場は、1946年から1947年まで稼働していた。



 ベトナム民主共和国は、1945年の八月革命によりフランス領インドシナから独立し成立した東南アジアで最初の社会主義国家。故ホー・チ・ミン主席が初代国家主席兼首相に就任した。「独立、自由、幸福(Doc lap - Tu do - Hanh phuc)」を国の標語とし、1976年に南ベトナムを吸収・併合して現在のベトナム社会主義共和国として発展的に消滅するまで続いた。



 ベトナム民主共和国の紙幣はこの工場から誕生し、独立初期に同国の経済回復の一翼を担った。しかし、稼働を始めた当初は機械も粗悪で、印刷するにあたり多くの困難に直面した。最初の紙幣は質が低く、色もきれいではなかった。





 一方でこの紙幣は、ベトナムの独立と自由、国の主権を表すものであり、歴史における1つの大きな転換点を表すものでもあった。ベトナム民主共和国臨時政府の脆弱な経済からの回復と共に、ベトナムドン紙幣はそれまで流通していたフランス領インドシナの通貨に取って代わるようになったのだ。



 紙幣の印刷にあたり、機密性を確保するため、労働者は日中ではなく午後4時から翌日の午前3時まで働いた。印刷済みの紙幣は密閉箱に入れられて牛車や馬車でラックトゥイ郡コーギア村の一家が所有する金庫まで輸送され、ここで保管された。



 故ホー・チ・ミン主席は、国の要衝だったチーネー農場を2回にわたり訪問した。2回目の訪問中、故ホー・チ・ミン主席は「チーネー農場は爆撃を受けるだろう」と予言したといい、これは1947年に現実のものとなってしまった。チーネー農場は荒廃し、紙幣印刷工場も金庫もハノイ市以北の地方に移された。その後、歴史の数々の浮き沈みの中で、この紙幣印刷工場は変化し、劣化し、多くの遺物が失われていった。



 この工場は2007年8月27日、文化スポーツ観光省により国家級遺跡として認定された。また2010年、国は財政省設立65周年を記念して、紙幣印刷工場歴史遺跡区の整備を開始。総面積は15.5ha、総投資額は約2700億VND(約14億2000万円)に上る。同遺跡区は現在、ホアビン省の観光地の1つとなっている。 

[Yen Thao, VNExpress, 3/1/2016 | 16:00 GMT+7, A]
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