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[特集]

ベトナムに実在した多夫多妻の村

2016/06/26 05:27 JST更新

(C) thanhnien, ガイさんとハオさん
(C) thanhnien, ガイさんとハオさん
(C) thanhnien, 長老のポップさん
(C) thanhnien, 長老のポップさん
(C) thanhnien, フェンさん
(C) thanhnien, フェンさん
 男性は複数の妻を持つことが許され、女性も複数の夫を持つことができる。彼らは1つの家で一緒に暮らし、同じベッドで眠り、嫉妬をすることもない。新たに妻を増やしたい人、夫を増やしたい人は、妻や夫に許可をもらえばよい。これは、ビントゥアン省ハムトゥアンバック郡のラーザ村や同省タインリン郡のラーガウ村に住むコホー(K’hoまたはCo Ho)族の間で実在した風習だ。 姉妹を妻にする夫、兄弟を夫にする妻  東南部地方ドンナイ省のゴム林を奥深く入っていくと、ビントゥアン省のラーガウ村、ラーザ村に辿り着く。ラーガウ村の住人に案内してもらい、3分の2世紀以上をこの村で過ごしている長老チャオ・ロー・ポップ(本名:フイン・ルウ・ビン)さんに会うことができた。長老は、谷側に立つグエン・バン・ガイさんの小さな家へ案内してくれた。ガイさんは、93歳になった今でも人生を楽しんでいる。  少しのためらいもなく、ガイさんはすぐに話し始めた。「私には2人の正妻と別に何人かの妻がいます。1965年に、今68歳になるハオと結婚しました。ハオには1つ年下の妹がいました。ハオと結婚してしばらくしてから、私はハオの妹も妻にもらいたいと思いました。彼女にはもともと夫がいたのですが、別れてしまったのです。1人で寂しそうな彼女の姿を見て私が結婚を申し出ると、彼女も同意してくれました。姉のハオも妹をそばに置いておきたかったので、妹との結婚を許してくれました。当時、私の家は貧しくて部屋を仕切ることができず、2人の姉妹と1つの部屋で生活していました。家は粗末でしたが、楽しい生活でした」。

 長老が説明してくれた。 「かつて、ラーガウ村とラーザ村に住む我々コホー族には、兄弟で同じ妻を持てるという風習がありました。弟の方は、兄の妻と結婚することが許されていたのです。彼らは1つの家に住み、家計を共にし、子供も共有します。しかし、兄が弟の妻を娶ることはタブーとされ、最も罪深いことだと考えられていました」。  フイン・ティ・フェン夫人には、ロー・バン・ニップさんとその弟の2人の夫がいる。「結婚する時には、夫はニップさん1人だけと考えていましたが、ニップさんの家に帰ると弟がいて、まだ結婚しておらずハンサムで優しかったので、恋に落ちてしまいました。私は夫に、弟とも結婚したいと伝えました。夫も同意してくれたので、家族でお祝いに豚をしめて食べました。普段はニップさんと一緒にいましたが、ニップさんが不在のときは弟と一緒にいました。程なくして私は妊娠し、女の子を出産したのですが、父親がどちらなのかはわかりません」とフェンさん。 子供の父親が誰かわからない  叔父と甥の関係にある男性2人を夫にした女性もいる。ホアン・ティ・セウ夫人は、ホアン・バン・トゥーさんとトゥーさんの甥のホアン・バン・ダウさんの2人と結婚した。トゥーさんとセウさんがいつ結婚したのかはっきり覚えている人はいない。トゥーさんは既に亡くなっており、生きているのはダウさんだけだ。  ポップ長老は教えてくれた。「セウさんはトゥーさんと20年以上にわたり結婚生活を送っていました。その当時、トゥーさんの甥にあたるダウさんは20代で、兵役を終えて頻繁に2人の家を訪ねるようになりました。叔母と甥の関係にある2人は何度か会ううちに愛し合うようになり、トゥーさんに結婚の許可をもらったのです」。

 3人で約5年間一緒に暮らした後、トゥーさんが亡くなった。その時、トゥーさんとセウさんの間には子供が1人しかいなかったが、その後セウさんとダウさんは6人の子供を授かった。  男性が複数の妻を持っても、子供の母親はすぐにわかる。しかし女性が同時に複数の夫を持つと、子供の本当の父親が誰なのかがわからない。フェンさんも同じで、7人の子供のうち1人については、どちらの夫の子供なのか断定することができなかったという。 考え方の変化  この奇妙な結婚は大昔の話のように思われるが、つい数十年前まで続いていた実話だ。それでも半世紀以上が経ち、現在のラーガウ村、ラーザ村の青年たちの考え方は昔とずいぶん変わってきている。  「この10年余りの間、私たちはこの風習をやめさせるべく啓発活動に注力してきました。男女が愛し合い、結婚する時には法律を遵守し、一夫一妻制を貫徹すべきです。結婚する時は、当局による結婚証明書を取得しなければいけません」と、ラーガウ村のある幹部は話す。  この古い風習の中で過ごしてきた生き証人だという男性も、コホ族の多夫多妻の風習は淳風美俗にそぐわず文明的でないと認めている。「この風習がいつから始まったのかはわかりませんが、私が小さい頃には既に存在していました。良いものは残すべきですが、良くないもの、文明的でないものは排除していかなければならないのです」。  若者たちは意識的に昔の風習を変えようとし、また地元当局は女性団体や地域グループと協力して積極的に啓発活動を行った。これにより、現在では多夫多妻の状態はほぼ存在しなくなったという。 

[Lam Ngoc, Thanh Nien, 01:14 PM - 13/03/2016, A]
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