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[特集]

紅河で遺体を引き揚げて50年、人々が敬服してやまない女性

2017/12/24 05:32 JST更新

(C) Dan Tri
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 ハノイ市バックトゥーリエム区に住むグエン・ティ・ビンさん(女性・64歳)は、人々が目をそむけ、誰もやりたがらないような「あること」を仕事にして50年になる。界隈では幼い子供から奇抜な色に髪を染めた若者、白髪の老人までビンさんの名を知らない者はいない。

 その「あること」とは、紅河からの遺体引き揚げだ。ビンさんは紅河で網漁を営む家に生まれ、幼いころから洪水の時期になると溺死者の痛ましい遺体を目の当たりにしてきた。父親についていくうちに、行方不明者の捜索や救助、遺体の引き揚げはビンさんにとって日常のことになった。そして、川の深浅や水の流れ、水が渦を巻く場所やその大きさなどが手に取るように分かるようになったという。

 ビンさんには決して忘れることのできない場面がある。1971年の洪水が起きる季節、あちらこちらが浸水し、氾濫した河川の水は人々の家屋や財産、命を飲み込んでいった。人々が我先にと薪や水牛や鶏を取り上げている側で、ビンさんは10人近くの遺体を引き揚げた。川には寺院の仏像も流れてきて、ビンさんは仏像を拾い上げ手を合わせて拝みつつ、川の流れを目で追った。

 ビンさんに引き揚げられた遺体はガソリンで洗われ、新品の洋服が着せられる。遺体を棺に移す前にビンさんは自治体に連絡し、遺族を探したり、埋葬の手続きをしたりする。

 地域の若者たちはビンさんを、水泳の腕前だけでなく類を見ない強靭な心の持ち主として敬服している。ビンさんはこれまでに数百人もの遺体を引き揚げてきた。中には腕や脚を失った遺体もあったが、ビンさんが怯むことはなく、深夜になり帰宅しても直ぐに床に就いて眠ってしまう。

 ある時引き揚げた女性の遺体は妊婦だった。髪の毛は抜け落ちて顔も元の面影は残っていなかったが、身に着けていた衣類からとても若い女性であることは分かった。若い女性の残酷な運命に心を痛めたビンさんは、女性を埋葬してから遺族が来るのを一晩中起きて待っていたという。埋葬してから長い年月が経ったが未だ遺族は現れず、ビンさんは慰霊の意を込めて時折少しのお金やゴールドを供えている。

 かつてビンさんは両親ときょうだいの家族7人で全長15mの船で水上生活をしており、岸に上がるのは台風のときくらいだった。家族の生活は苦しく、「あの頃は食べ物と言えば葉野菜か茹でたサツマイモでした。一生分のイモを食べましたから、今ではイモを見ても食べたいとは思いませんね」とビンさんは幼少のころを振り返る。

 1990年にビンさんは岸に上がり家を建てた。子供たちを養うためならと、セメント工事や埋葬、遺体引き揚げ、どんな仕事でもした。しかし、報酬はタバコ1箱やお茶、お礼の言葉だけだったこともあった。

 川から人を引き揚げるには技術を要するとビンさんは言う。川全域の特徴を把握する必要があるほか、溺れている人の場合はもがき暴れて強い力で掴まれるのに耐えられなければ、自らも命を落としてしまう危険がある。

 常に体を張るこの仕事は生傷も絶えない。「川に入って釘や尖った物を踏んでしまうこともあります。危ないのは分かっているけど、お金もないし唐辛子と乾燥玉ねぎを潰して傷口に当てておくの。傷が化膿して服が膿みだらけになったこともあったしね。疥癬になった時なんて母は恐がってしばらく離れて暮らしたよ。職業病ってところかしらね」とビンさん。

 高齢のビンさんだが、この仕事を辞めようと考えたことはない。夜中でも声が掛かれば現場へ向かうし、一息ついている昼下がりでも警察から頼まれれば遺体の引き揚げに向かう。

 「一番感動したのは事故で溺れていた人を救出した時に、どうしても私を母親として養いたいと申し出てくれて、その人が時々お菓子や果物を届けてくれることかしら。私にはそれで充分」。大変な仕事でありながら収入はほんのわずかだが、その代わりに人々から沢山の思いやりを受けて暮らしているとビンさんは言う。 

[Hoang Ngoc, Dan Tri, 16/11/2017 06:50, T]
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