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[特集]

ベトナム映画「パパとムスメの7日間」落合賢監督インタビュー【前編】

2019/01/20 05:00 JST更新

(C) VIETJO/Sa Huynh
(C) VIETJO/Sa Huynh

 落合賢(おちあい・けん)監督の新作ベトナム映画「パパとムスメの7日間(Hon papa da con gai)」が、2018年12月28日にベトナムで公開された。映画は公開からわずか5日間で約50万人を動員し、興行収入は約400億VND(約1億9000円)を突破した。

 2016年12月公開の「サイゴン・ボディガード(Ve si Sai Gon)」で、日本人として初めて、ベトナム出資、オールベトナム人キャストのベトナム語映画のメガホンを取った落合監督。

 2本目のベトナム映画を手掛けた落合監督に、「パパとムスメの7日間」をベトナムで映画化することになったきっかけや映画の見どころ、今後の展望などについて、ベトジョー編集部が話を聞いた。

―――監督にとって2作目のベトナム映画となりますが、どういった経緯で2作目を撮られることになったのでしょうか。

まず、サイゴン・ボディガードが1つ大きな入り口になりました。ベトナム語がわからない海外の監督でもベトナムでヒットする作品が作れる、ということの証明になったかなと思います。

そうした中で、ベトナムでもう1本作品を作りたいとずっと思っていて、日本の原作をベトナムで実写化するというのもやってみたいなと。色んな作品を探していたんですけれど、たまたま僕の韓国人の親友がパパとムスメの7日間を韓国で映画化したので、アジアでも浸透しやすいコンセプトなので良いんじゃないか、という話をいただいて。僕も話のコンセプトの面白さにピンときて、すぐ(サイゴン・ボディガードで主演を務めた)タイ・ホア(Thai Hoa)さんに連絡をしたところ「ぜひやりましょう」ということになったんです。

―――ベトナム映画でヒットを飛ばし続けているチャーリー・グエンさんがプロデューサーとして参加されることになったきっかけは何だったのでしょうか。

きっかけはタイ・ホアさんなんですが、タイ・ホアさんがチャーリー・グエン(Charlie Nguyen)さんに連絡をして、ぜひチャインフオン(Chanh Phuong)制作会社でやろうという話になりました。チャインフオン制作会社は、歴代興行収入トップ10のうち5本を占めるくらいのヒットメーカーです。チャーリーさんは監督もしますけれど、今回がプロデューサーとして3作目。他の監督を育てていくという形で、指導の部分にも少しずつ入っていっていますね。

今回、作品のプラスになったのは、やっぱりチャーリーさんがプロデューサーとして参加してくれたことかなと思います。タイ・ホアさんとチャーリーさんは過去に多くの作品の中でコラボをしてきた2人です。チャーリーさんはこの約20年間、商業映画でベトナムの映画業界を支えてきた人で、僕は「チャーリー先生」と呼んでいるんですけれど(笑)、チャーリー先生の指導を受けながら一緒に作品を作っていけるというのはものすごく僕にとってプラスになりました。

チャーリーさんのすごいところとして、脚本の指導というのがあります。撮影中は割と自由にやらせてくれて、監督の作家性のようなところを活かす部分もあるんですけれど、まずは脚本をベトナムの観客にわかりやすいものにしようということで、タイ・ホアさんとベトナム系米国人のマイケル・タイ(Michael Thai)さんらと話し合いを重ねながら、少しずつ、原作の良さを活かしつつ変えていきました。編集でも、コメディのタイミングであったりだとか、何がベトナム人の方に伝わりにくいのかというのをショットごとに話し合いながら進めていきました。

僕は、これは映画作りの「文法の違い」だと思っているんですね。1つひとつの作品、監督それぞれのメッセージの伝え方というのは違うと思うんですけれど、僕は日本、米国、それからベトナムで映画を作る中で「文法の違い」には気づいていて、その中で一番大切なのはその国の観客に伝わるようにすることだと思っています。ベトナムの観客はわかりやすさが必要な部分もあって、雰囲気だけで伝えたり、画(え)の隠れた意味をその画だけで説明したりというのはあまりうまくいかなかったりします。

―――なぜベトナム映画の題材として「パパとムスメの7日間」を選ばれたのでしょうか。

やっぱり韓国人の親友が韓国版をやった、というのもきっかけとしてあります。それと、ベトナムと日本の一番の共通点の1つというのが家族の大切さなんじゃないかなと思っていて。特にベトナムでは、言葉遣いなど、子供は親に敬意を表さなければいけないという考え方が根強くあります。他に日本と違う部分というと、家族が多いことですよね。1つの家庭に、場合によっては10人くらいの家族が一緒に住んでいる。だからこそ家族のつながりが強いんですけれど、今回のパパムス(パパとムスメの7日間)ではあえて日本のように核家族的な感じの環境にしました。

パパとムスメとママの3人の、三脚のような支え方をしている関係の中で、ママが死んでしまったらどうなるのか、母親が死んでしまって三脚が崩れたときに2人はどうやって支え合っていくのか、というのが今回の映画のテーマでもあると思うんですけれど、そこは原作とは大きく違う部分です。(原作の)五十嵐貴久先生と少しずつ話をしながら、一番大切なことはパパとムスメが愛し合っているけれども分かり合えないという部分で、その部分をどうやって表現するか、あとは任せるとおっしゃっていただいて。それで(ママの死という)大きな変更をさせていただきました。

―――映画化にあたり、原作者の五十嵐貴久先生とはどのようなお話をされましたか。

正直、ベトナムで映画化するというのはベトナムの観客に合わせた作品作りをしなければいけないということで、大きな変更を余儀なくされるという意味ですごく心配はしていました。ただ、五十嵐先生は作品作りに理解を持ってくださっていて、この作品がベトナムの観客に伝わるにはどうしたら良いのかというアドバイスもしていただきました。あとは、サイゴン・ボディガードもご覧になった上で、こういうコメディの感覚を活かしつつ、根幹となるパパとムスメの愛情をしっかりと紡いでいってください、とうかがいましたね。

今回、大きな変更点がママの死ですよね。母親の死をどのように2人が受け止めるのかというのが僕はこの映画のテーマのうちの1つだと思うんです。今回の場合は、パパは奥さんが先に逝ってしまったことに対して、「人生は短い。ならば瞬間瞬間を楽しんでいこう」という考え方、価値観に変わっていきます。ムスメのほうは逆に「人生は短い。だからこそ最大限の努力をして、常にベストを尽くしていこう」という考え方になった。母親の死をきっかけに価値観が真っ二つに分かれてしまった2人の関係を、どうやって追っていくことができるのか。どちらも大切な価値観なんですけれども、どちらか一方だけではやっぱりどうしても社会適合性に欠ける部分はあって、その価値観をどうやって2人が理解し合っていくのか、というのがずっと映画の根底に流れるテーマなんじゃないかなと思います。その部分に五十嵐先生も共感してくださって、そういう形でいくのであればぜひ進めて欲しい、とおっしゃってくださいました。

―――プレミアで五十嵐先生が映画をご覧になるというとき、どのようなお気持ちでしたか。

すごく緊張しました(笑)。ただ、五十嵐先生が大切にされていた根っこの部分は僕も大切にしていたという自信はあったので、あとは実際に作品として面白いと思っていただけるかというだけでした。(五十嵐先生に)「この作品は自分の作品じゃない」と思われるようなことはしていないという自信はありました。

(五十嵐先生のインタビューで、パパ役とムスメ役がすごくイメージに合っていたとおっしゃっていた、という編集部の話を受けて)僕もタイ・ホアさんとケイティ(Kaity Nguyen)さんの化学反応は良かったと思います。監督の仕事の90%はキャスティングだと思うんですよ。この2人をパパとムスメにキャスティングできたというのはチャーリーさんのおかげでもあるんですけれど、この2人がいるからこそこの映画は成り立っていると思います。

―――1作目のときと比べて、監督ご自身のお気持ちや心構え、撮影の進め方や現場の雰囲気などはいかがでしたか。

2本目ということでやっぱり余裕は生まれました。特に撮影のときですね、準備も含めて常に臨機応変さを問われるということはわかっていたので。前回もそうなんですけれど、プランにプランを重ねても当日それが実行されていないということは多々あって。それをストレスと思わないようになってきたというか、逆にそれを楽しむというか、どういう形で解決して物語を伝えていくのか、ベストな形にできるのかというのが逆に挑戦だったと思うんです。そういう意味では毎日すごく楽しかったですね。

ただ今回一番きつかったのは、12月、年末に公開ということだけがあったので、以前よりもだいたい3~4か月くらい仕上げの時間が短かったんです。その短い仕上げの中で、皆さんからの意見であったり検閲であったりだとか、全部取り上げながらベストな形にしていくというのが挑戦ではありましたね。

今回、撮影期間は正味37日間でした。サイゴン・ボディガードは43日間だったので、1週間短いくらいですかね。ただ、規模的には両作品ともほぼ同じような規模で、今年の目玉作品ということでやらせていただいたので、すごく贅沢な撮影環境、仕上げ環境ではありましたね。ただ、編集は公開前のぎりぎりまで続いていたので、スタッフはヒーヒー言っていましたね(笑)。

後編へ続く

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落合賢監督プロフィール

落合賢(おちあい・けん)

1983年生まれ。東京都出身。12歳から映画を作り始め、日本の高校を卒業後に渡米。南カリフォルニア大学(USC)で映画制作を学んだ後、アメリカ映画協会付属大学院(AFI)映画監督科に進学し修士号を取得。

短編と長編合わせて30本以上の作品を日本国内外で監督し、ショートショートフィルムフェスティバルで東京都知事賞(「ハーフケニス」2009年)および国土交通大臣賞(「井の中の蛙」2010年)、ローマ国際映画祭最優秀国際短編映画賞(「ハーフケニス」2009年)など数々の賞を受賞。2013年には、ウエンツ瑛士主演の「タイガーマスク」が公開。2014年公開の「太秦ライムライト」は、米国など世界中で広く上映され、大きな注目を集めた。

2016年12月公開のベトナム映画「サイゴン・ボディガード(Ve si Sai Gon)」で日本人として初めてベトナム出資、オールベトナム人キャストのベトナム語映画のメガホンを取った。現在は米国ロサンゼルスと日本に拠点を置いて活動中。

ベトナム映画「パパとムスメの7日間」は、五十嵐貴久氏の同名小説が原作。日本で2007年にドラマ化、韓国で2017年に映画化されている。ベトナム版では数々のヒットを飛ばしているチャーリー・グエン(Charlie Nguyen)氏がプロデューサーを務めるほか、「サイゴン・ボディガード」と同じくマイケル・タイ(Michael Thai)氏が脚本を手掛けている。 

[2019年1月16日 ベトジョーニュース A]
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