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[特集]

結婚3か月で夫が寝たきりに、10年変わらぬ夫婦の愛の形

2019/07/28 05:05 JST更新

(C) vnexpress.net
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 ハノイ市ホアンマイ区の小さな下宿に、結婚からわずか3か月後に寝たきり状態になった夫を10年にわたり献身的に介護する女性がいる。椅子の背にもたれながら座る夫の口にスプーンでご飯を運び、食事が済むと真一文字に口を結び痩せた腕で夫を抱えベッドに移す。やっとの思いで夫をベッドに横たわらせた頃には、女性の顔には汗が浮かび髪の毛が張り付いている。

 女性の名前はグエン・ティ・トゥー・チャンさん(39歳)。東北部地方フート省ベトチー市にある結婚式の前撮り専門の写真店で会計係として働いていた時に、その後夫となる同い年のグエン・バン・チュンさんと知り合った。西北部地方イエンバイ省出身のチュンさんは、高校を卒業するとチャンさんの働いていた写真店で見習いカメラマンとして働きだし、2人は意気投合。ほどなくして交際が始まり、1年後の2009年に結婚した。

 しかし幸せな結婚生活は長くは続かなかった。結婚からわずか3か月後のこと、チュンさんはバイクで仕事終わりのチャンさんを迎えに行く途中で外国人が運転する自動車に衝突され、脳に損傷を受けて全身不随に近い重篤な障害を負った。フート省とイエンバイ省で治療を受けたが、症状が良くなることはなかった。

 事故から1年後、加害者が治療費を補償しハノイ市でリハビリを受けるようになると、チュンさんは左手を少し動かせるようになり、いくつか言葉も発せられるようになった。しかし治療費は底をつき、ここ2年程はチュンさんが言葉を発することはほとんどなくなった。

 「加害者が入院費などの費用を全て補償してくれたので夫は今まで生きてこられました。加害者は自分の職場で私を雇い、住居も提供すると申し出てくれましたが、それでは物乞いと同じですから、お断りしたんです」とチャンさん。

 チュンさんの退院後、田舎には働き口がなかったため、チャンさんはしばらくハノイ市で飲み物やトウモロコシを売って生計を立てていたが、現在はハノイ市郊外のタインチー郡で工員として働いている。給与は月に450万VND(約2万1200円)だ。

 チュンさんの母親のビンさん(67歳)も時々仕送りをしてくれるという。「息子夫婦には子供はいませんが、チャンさんは1人で9年もの間息子の面倒をみてくれています。チャンさんには心から感謝しています」とビンさんは語る。ビンさんは変形性脊椎症を患っているため、チュンさん夫婦がハノイ市へ移り住んで以降、チュンさんには一度も会えていない。

 チャンさんもまた、ハノイ市へ来てから帰省したのは母方の祖父が亡くなった時の一度きりだ。その日はチュンさんを隣近所に預けて出かけることにしたが、チュンさんを夜に1人で寝かせるわけにはいかないと、早朝にバスに乗って田舎へ帰り、葬儀を終えるとその日の午後には田舎を発ってハノイ市へ戻った。「この9年、故郷でテト(旧正月)を祝ったことはないですね」。そう話すチャンさんの頬を涙がつたう。

 チャンさんは毎朝5時に起床するとチュンさんの体位を変え、身体をマッサージして血の巡りを促す。終わると、体重わずか35kgの細腕でチュンさんを抱えて椅子に移動させる。「私も若い頃はふっくらとして可愛かったんですよ。今じゃこんな風になっちゃいましたけどね。チュンさんが元気になったら、私のことを年寄りだとか醜いだとか言って、別の若い子の方に行っちゃうのかしらね」とチャンさんが冗談めかして言うと、チュンさんはチャンさんの方へ頭を向けて笑った。

 チュンさんの身支度や食事を終えると、チャンさんは慌ただしく自分の食事を用意し、着替えて7時過ぎには出勤する。「お利口さんでいてね。喉が乾いたらお隣さんに聞こえるように大きな声を出すのよ。じゃあ、行ってきます。お昼には戻るからね!」

 チュンさんは全身不随ではあるが、意識ははっきりとしている。しかし、そうとは知らない人たちは部屋の外でチュンさんのことや、夫婦の境遇についてあれこれと話すことがある。ベッドの上でそれを聞いているチュンさんは1人涙を流す。こんな時、チャンさんはどうしようもなくいたたまれない気持ちになるという。

 まだ元気だった頃のチュンさんはとても気遣いある人だった、とチャンさん。交際していた当時、チャンさんが盲腸で入院した時は身の回りの世話をしてくれたそうだ。今のような暮らしで一番辛いのは夫だとチャンさんは言う。

 事故直後は訪ねてくる友人も多かったが次第に減り、今では時々携帯電話にメッセージが届くくらい。始めの頃は、家に遊びに来るよう友人たちを誘おうとも思っていたが、手土産などいらぬ気を使わせてしまうからと誘うのを止めた。

 夫婦の暮らしにも楽しいひと時がある。ある日はチュンさんにスマートフォンでコメディ映画を見せているとチュンさんが声をあげて笑い、それにつられてチャンさんも一緒に笑う、そんな夜もあるのだ。またある日は、ボレロの音楽をかけて口ずさみながらチュンさんの髪の毛を洗っていると、チュンさんもわずかに動かせる指先でリズムを取る。

 チャンさんが「私のこと愛してる?」と尋ねると、たまに大きな声で「コー(Co)!(ベトナム語で「はい」の意味)」と答えたり、頷いたりすることもある。また、古い下宿の部屋にはチャンさんの趣味でもあるバラやマツバボタンの鉢植えが4つあり、暮らしに彩りを添えている。

 6月初旬に夫婦はホアンマイ区にある現在の下宿の大家からの誘いで、通常の家賃のわずか3分の1に相当する50万VND(約2360円)で入居することができた。「夫を献身的に介護するチャンさんを見て、何かの手助けができればと思いました」と下宿の大家は語る。

 夫婦は9年間に5回にわたり引っ越しを繰り返してきた。チュンさんは床ずれの痛さで夜に叫ぶこともあり、近所迷惑になるからだ。借りることができる下宿はいつも最上階で、夏は日差しが直撃し、冬は冷たい風に晒されてきた。そんな夫婦に今の申し出は思いがけないものだった。

 一度はチュンさんを道連れに心中しようと考えたこともあるチャンさんだが、自分の手でチュンさんの人生を終わらせる勇気などなかった。今は、チュンさんがリハビリを受けて家の中で身動きできるようになること、もしくはチュンさんがお腹がすいたり疲れたりした時にそれを伝えるための三語文を話せるようになることが、唯一の夢だと語る。 

[vnexpress.net 13:15 5/7/2019, T]
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