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[特集]

分離手術から17年、大学生になった結合双生児の姉妹

2020/10/25 05:08 JST更新

(C) vietnamnet
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 分離手術から17年が経ち、結合双生児だったクックさんとアンさんの姉妹は18歳の大学生になった。2人の身体がまだつながっていた時のことは、彼女たちが日々努力を続ける原動力となっている。

 2003年10月、当時1歳だった姉のレ・トゥー・クックさんと妹のレ・トゥイ・アンさんは、ハノイ市の中央小児病院で約10時間にも及ぶ分離手術を受けた。医師たちは事前に、手術で両方の子供を救える可能性は50%だと告げていた。

 17年後の2020年10月、クックさんは水利大学(Thuyloi University)の会計学科に、アンさんは商業大学(Thuongmai University)のマーケティング学科にそれぞれ進学した。2人は、卒業後に安定した仕事に就いて、苦労してきた両親を助けられるよう、大学で勉強を一生懸命頑張りたいと語る。

 2002年12月6日の夜明け、北中部地方タインホア省ハーチュン郡(huyen Ha Trung)出身のチン・ティ・ビンさん(1973年生まれ)は早期陣痛が起き、医師から帝王切開を告げられた。午前5時ちょうどに、タインホア省産婦人科病院に双子の姉妹の産声が響き渡った。

 手術室の外に立っていた夫のレ・アイン・ルアンさん(1961年生まれ)は、看護師が抱いて運んできた赤ん坊たちを見て、唖然とした。2人は胸部から腹部がつながり、脚はうっ血により青ずんでいた。クックさんの出生体重は1.5kg、アンさんは1.4kg。妊娠中の超音波検査では、赤ん坊の異常は見られなかった。

 帝王切開後に目覚めたビンさんは、まだ体調がすぐれなかったため、家族から双子の赤ん坊の状態を教えてもらえなかった。しかし、母親の勘が働き、何か良くないことがあるのでは、と感じていた。ベッドから降りられるようになると、ビンさんは急いで子供を探しに行った。

 「その時はとてもショックでした。保育器の中で眠っている我が子を見つめながら、かわいそうな思いと心配な思いでいっぱいでした」とビンさんは打ち明けた。

 幸運にも、その数日後に当時中央小児病院の院長だったグエン・タイン・リエム医師が出張でタインホア省産婦人科病院を訪れた。リエム医師はクックさんとアンさんのことを知ると、自分が2人の分離手術を担当すると申し出た。

 2003年、2人は生後1か月を迎えたタイミングでタインホア省からハノイ市の中央小児病院に移された。様々な検査の結果、2人は胸骨、横隔膜、心膜腔がつながっており、肝臓、十二指腸、小腸を共有していることが判明した。医師たちは2人の栄養を補い、最良の健康状態で手術を迎えられるよう、姉妹の健康管理に努めた。

 2003年10月16日、ついに手術が行われた。リエム医師を筆頭に、米国人専門家を含む50人ほどの医師らが集結した。この時、クックさんとアンさんの体重は合わせて15kgだった。

 手術は朝7時から夕方17時まで、約10時間にも及んだ。待合室で待っている間、ビンさん夫妻はいくつかの新聞社の取材に答えながら、終始緊張していた。手術の成功の知らせが届いた瞬間、夫のルアンさんは嬉しさのあまり泣き出した。「私はいつも、2人の身体が離れて各々自由に遊べるようになることを夢見ていました。それがもう夢ではなく、現実のものになったんです」とルアンさんは語った。

 アンさんは手術後に腸や腹部の肥大、胃の出血などいくつかのトラブルに見舞われ、さらに腸閉塞のために2回の手術を受けたが、無事に困難な時期を乗り越えることができた。

 ビンさんには、分離手術までの間、子供たちに付き添った日々にたくさんの特別な思い出があるという。クックさんとアンさんがまだつながっていた時、どちらか1人しか母親に寄り添って眠ることができないため、母親から離れてしまう側の子はよく泣いていた。そのため、ビンさんはいつも腕を伸ばして2人一緒に抱きしめ、外側の子も安心できるよう背中をトントンと叩きながら寝かしつけをした。

 「ある時は一方が眠っていて、もう一方はトイレに行きたがり、またある時は一方が眠っていて、もう一方は起きて遊びたがるんです。それで2人とも大泣きするものですから、なだめるのに苦労しました。徐々に慣れていくと、一方が眠っていても、もう一方は起きて遊んでいるようになりました」とビンさん。

 2人の身体が別々になってから、クックさんとアンさんは互いの手をこすり合わせるという特殊な「趣味」を持つようになった。ビンさんによると、以前は身体がつながっていたため、互いに接するほうの手を常に下側か後ろ側に固定していなければならなかった。そのため、両手を自由に動かして遊べるようになってから、2人は不思議な感覚を楽しんでいたのだ。

 妹と離れてから、クックさんはようやく食べる練習を始めた。腸がつながっていた時は、アンさんが食べればクックさんも満腹になるため、クックさんは食べることにこだわりがなかったからだ。

 子供たちの面倒を見るため、ビンさんは仕事を辞め、毎日子供たちのリハビリテーションに付き添った。小学1年生になるまでに、姉妹は母親が指示する軽い運動を自分たちで練習できるようになった。また、ビンさんは2人の脊柱側弯症を防ぐため、寝るときの姿勢まで細部に注意を払わなければならなかった。ビンさんは夜中に何度も目を覚まして、寝ている2人の姿勢を正した。

 それから数年の間に姉妹は正常に発達し、クラスメイトと一緒に運動ができるまでになった。

 ビンさんは、2人の娘のことをとても誇りに思っている。姉妹が中学1年生(日本の小学6年生)に上がる年に、ビンさんはステージ4の腎不全と診断され、ハノイ市のバックマイ病院で定期的な透析を受けることになった。

 しかし、それからというもの、姉妹は母親に代わって洗濯、料理、掃除、学校に行く準備など、全て自分たちでこなすようになった。さらに、2人は学業の成績も優秀で、アンさんは省から贈られる文学賞を受賞したこともある。

 そして今、クックさんとアンさんは18歳になった。クックさんは情が深いが、感情を表には出さず、言葉数も少ない。対照的に、アンさんはアクティブで活発、グループ活動に参加するのが好きだ。正反対に見える2人だが、2人はいつも目に見えない1本の糸でつながっている。

 「私たちは性格こそ違いますが、共通の趣味がたくさんあります。相手の目を見るだけで、お互いに言いたいことがわかることもあります。一緒にいない時も、30分から1時間ごとにお互いのことを無意識に思っているほどです」とアンさんは語る。

 2人は、身体がつながっていた時の話をたくさん聞き、写真もたくさん見てきた。身体がつながっていた時のことこそが、2人が日々努力を続けるため、そして、今のような普通の生活が送れるように力を尽くしてくれた人々への感謝の気持ちを忘れないための原動力となっている。 

[Vietnamnet 11:05 09/10/2020, A]
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