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[特集]

クジラを祀るベトナムの「鯨寺」

2022/01/23 10:52 JST更新

(C) vnexpress
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 北中部地方ハティン省カムスエン郡には、クジラを祀る「ドゥックグーオン廟(mieu Duc Ngu Ong)」がある。死んだクジラを見つけると、人々は死骸をこの「鯨寺」に運んで埋葬し、頭部の十字の印または陰陽コインに従って戒名をつける。

 カムスエン郡カムニュオン村スアンバック村落の海辺に立地するドゥックグーオン廟は面積2000m2余りで、およそ600年の歴史を有する。敷地内にはクジラの祭壇が3つ設けられ、一角はクジラを埋葬する墓地となっている。「鯨寺」は2007年にハティン省の歴史文化遺跡に認定された。

 「鯨寺」の管理委員長であるグエン・フウ・フオンさん(男性・63歳)によると、ここで供養されている「ナムハイニャングートンタン(Nam Hai Nhan Ngu Ton Than=南海人魚尊神)」という戒名のクジラは、大きなクジラだったという。

 伝承によれば、あるとき、後黎朝の第5代皇帝レ・タイン・トン(黎聖宗、在位1460~1497年)と側近が龍舟(ドラゴンボート)に乗って航海していると、突然嵐が起こり漂流してしまったが、間もなくクジラが現れて舟を安全に岸まで押してくれたという。

 難を逃れた皇帝はクジラに「大王」と名付け、祠を設け、称号を授けた。精神的な拠りどころとなる場ができたことで、漁師は海に出る前に幸運と安全を祈るようになった。こうして、クジラ信仰の風習が生まれた。

 カムニュオン村で生まれ育ったフオンさんは、海に出るたびに幾度となく廟に線香を手向けて祈った。また、村の老人たちが死んだクジラを埋葬して墓を作る手順も目にしてきた。遺跡の管理を引き継ぐことになったとき、この上なく光栄なことだと感じ、会議では常に自身の経験を伝え、14人の儀式委員会のメンバーにも伝統を守り、活かすよう呼び掛けた。

 毎年、体重20~50kgのクジラ3~5頭の死骸が海岸に打ち上げられる。多い年では10頭ほどになるが、いずれも「鯨寺」で丁重に埋葬される。

 規定によると、漁師が死んだクジラを発見した場合、儀式委員長に電話で報告し、写真を撮影して送信する流れとなる。そして儀式の準備をし、海岸に引き上げて埋葬の手続きを行う。第一発見者がはっきりしない場合は、すべての作業を廟の管理委員会が担当する。

 フオンさんによると、クジラの死骸を受け入れると、まず儀式委員会が線香を手向けて祈り、廟の敷地内に死骸を埋葬するための土地を手配する儀式を行う。その後、きれいな水を使って死骸を洗い、香りのついた水を吹きかけ、身体全体を覆うように酒を注ぐ。

 また、陰陽コインを投げて表が出ればオス、裏が出ればメスとして、性別によって戒名をつける。死んだクジラの頭部に十字の印があれば、そのクジラが高齢だったことを意味する。その場合は、「ドゥックカーオン(Duc Ca Ong=徳魚翁)」または「ドゥックカーバー(Duc Ca Ba=徳魚婆)」と戒名をつける。頭部に十字の印がなければ、オスの場合は「ドゥックカウ(Duc Cau)」、メスの場合は「ドゥックコー(Duc Co)」と名づける。

 埋葬の手続きが終わると、死骸を廟の敷地内の空き地に運び、埋葬する。墓穴は深さおよそ3~4mで、縦横の幅は個体に合わせて決める。墓穴に死骸を納めた後、儀式の出席者は一握りの土を拾い上げて墓穴に入れる。1回の儀式にかかる時間は約3時間、費用は約40万VND(2000円)で、費用には供物や花などの購入費も含まれる。費用は、死骸の第一発見者が出し、第一発見者がいない場合は廟の管理委員会が拠出する。

 敷地内にあるクジラ墓地は面積約300m2で、一角にはクジラの立体像が装飾された青色の大きな石碑が設けられている。周辺には100基余りのクジラの墓が並んでいる。死んだばかりのクジラは墓地の外に埋葬し、三日、十日、五十日、百か日、1周忌に法要を行い、線香や果物を供える。

 2周忌を終えると忌明けとして、そのクジラの死骸の第一発見者または廟の管理委員会が協力して墓を掘り起こし、遺骨を取り出して墓地の中の空き地に改葬する。改葬後の墓は幅40cm、長さ1mで、セメントで作られ、正面に墓碑と香炉が置かれる。

 フオンさんは、クジラは友人のような存在であり、漁師をいつもひそかに助けてくれていると話す。死んだクジラを目にするたび、フオンさんも他の人々も、皆大きな悲しみを抱く。クジラの死骸が発見されれば、地元住民や漁師は昼夜を問わず、たとえ漁の途中であってもすぐに駆け付け、埋葬を手伝い、クジラに敬意を表して何時間も交代で見守る。

 「2年前のある日の午前0時ごろ、カムニュオン村の沖合400mほどのところで体重40kgのクジラ1頭の死骸が見つかりました。私は知らせを受けるとすぐにバイクを走らせて儀式に向かったのですが、到着したときにはすでに何十人もの人たちがいて、作業を手伝っていました。雨が降って寒く凍える中、誰もが懸命に作業をしていました」とフオンさんは振り返る。廟で線香を手向ける人々はクジラに敬意を込めて「ガイ(ngai)」と呼び掛ける。

 カムスエン郡在住のファム・バン・タンさん(男性・78歳)によると、最近は「クジラが漁師を助けた」という話は聞かないものの、数十年前にはある出来事が起きたという。

 数十年前、カムニュオン村の「トゥー」という名の漁師が海に出た際に大きな波と強風に遭遇し、乗組員たちに「これじゃ生き残れないだろう」と告げた。しかし、数秒後に大きなクジラが現れ、トゥーさんと乗組員たちが乗った漁船を、安全な小さな島まで連れて行ってくれたということだった。

 「鯨寺」の管理委員長であるフオンさんは、クジラ崇拝の風習は迷信ではなく、漁村に暮らす漁師にとって、海の上でいつもそばにいてくれる友人であるクジラに対する信仰なのだと語る。

 しかし、フオンさんには懸念していることもある。以前は、クジラが殺されるケースはほとんどなかったが、最近ではその数が増えているためだ。フオンさんたちは直近3年間に32頭のクジラを埋葬したが、死因は海洋環境が電気ショック漁や引き網漁の影響を受け、その影響がクジラに及んだ可能性があるという。

 また、時代の移り変わりとともに、ドゥックグーオン廟も老朽化が進み、4年前に当局と地元住民の協力で再建された。フオンさんは近い将来、当局の資金援助を得て大きなクジラの石碑を作り、祈る場所を広くとるため古くなった墓を建て替えたいと考えている。

 カムニュオン村人民委員会のグエン・バン・フン主席によると、ドゥックグーオン廟でのクジラ信仰の風習は、地元住民にとって無形の文化的生活であり、毎年陰暦4月8日に行われるカウグーニュオンバン(Cau ngu Nhuong Ban)祭りとチェオカン(Cheo can)祭りにもつながっている。カウグーニュオンバン祭りは、文化スポーツ観光省から国家無形文化遺産に認定されている。

 「毎年、当局は廟の運営費を拠出しており、多い年で約10億VND(約500万円)を充てています」とフン主席は語った。

 なお、ベトナムでは、ハティン省のほかに北中部地方ゲアン省、南中部沿岸地方ダナン市などでもクジラが海岸に打ち上げられることがある。いずれのケースでも漁師は死骸を引き上げ、埋葬して供養している。 

[VnExpress 00:00 17/01/2022, A]
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