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[特集]

古き良きサイゴンを今に残す、手描きのレトロ看板職人

2022/09/11 10:15 JST更新

(C) vnexpress
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 南部メコンデルタ地方ドンタップ省出身のグエン・ホアイ・バオさん(男性・37歳)は、10年以上にわたり、1980年代から1990年代のスタイルで店の看板や広告を手描きする仕事を根気強く続けてきた。

 8月のある日の午後、バオさんは製作中の看板に仕上げのひと塗りを施した後、「13歳のときから父にこの仕事を習っていたんです」と教えてくれた。

 バオさんの父親、グエン・バン・チャウさんは1990年代から故郷のドンタップ省で小さな工房を営んでいた。当時、手描き看板製作の仕事はとても人気があったため、多くの工房が密集して立ち並んでいた。

 その後、看板の印刷技術や素材は日に日に多様化し、一方で手描き看板は姿を消していった。父親のチャウさんは絵筆を置かざるを得なかったが、息子のバオさんはこの仕事を諦めたくなかった。

 自身の情熱に従い、バオさんは2003年にホーチミン市でグラフィックデザインを学び、それから南部メコンデルタ地方アンザン省ロンスエン市に店を開いた。しかし小さな町で15年間働き続けても儲けはなく、無一文になってしまった。

 そんな中、バオさんは幼少期に両親に連れて行ってもらったホーチミン市で目にした手描きの看板が、印象的で心に残ったことを思い出した。バオさんは2017年に離婚した後、2人の幼い子供たちと共にホーチミン市に戻り、かつての古き良きサイゴン(現在のホーチミン市)の記憶を残したいという思いを込めて、「Mot minh lam het(=1人で全部やる)」という名前の手描き看板の店を開いた。

 最初の半年は客もおらず、日々の生活費と2人の子供の教育費がバオさんの肩に重くのしかかり、限界を感じることもあったが、それでもこの仕事を辞める気はなかった。それは、この仕事が生計を立てるためだけでなく、古き良き時代の思い出を残すためでもあったからだ。

 客がいない日には、バオさんはインターネットで古い看板が写っている写真を探しては、デザインの見本にするため年代別に保存してコレクションした。ある日、「土砂降りの雨(Ca phe mua rao)」という変わった名前のカフェの看板を手描きで製作してほしい、と初めての客が来た。「それは、この手描き看板の仕事を続けていこうというモチベーションになった、決して忘れることのできない看板なんです」とバオさんは語る。

 バオさんによると、昔の看板の素材は木材だけで、木枠に板を取り付けた後に手描きで文字を描いて色を塗るだけだったが、今では鉄枠にトタンやステンレスの板を使っている。またバオさんは、父親の時代から使っている、耐久性が高く10年以上経っても色褪せないというバックトゥエット社(Bach Tuyet)のペンキを愛用している。かつてバオさんの父親がこのペンキを使って描いたいくつもの手描き看板も、今だに残っている。

 1枚の看板を作り始める前に、バオさんは文字のサイズ、フォント、そして配色が店のスタイルに合っているか確認するためにPCを使ってデザインする。そしてデザインしたものを顧客に送って確認してもらい、承諾を得てから看板を描き始める。

 「通常はすべての作業を私1人でやっているので、1枚の看板を作るのに5日から1週間ほどかかります」とバオさん。この仕事で大変なことは、手描きの作業中はかなりの集中力が必要で、いらいらしていたり落ち込んでいたりしても決して筆を離せないことだという。

 レトロなフォントと色合いで描かれるバオさんの手描き看板は、日に日に需要が増えている。1か月前には、米国在住のベトナム人夫妻から1990年以前に描かれた手描き看板の写真が送られてきて、それと全く同じものを製作してほしいと依頼された。

 夫妻によると、それは夫妻の祖父母の時代の店の看板で、異国の地で新しく店を開くのに合わせて、家族の思い出の一部を残したいという思いでの注文だった。古い看板はフォントの輪郭の多くが消えてしまっていたため、バオさんは元の看板と同じものを作るため、文字を収集・補足する作業に時間を費やし、1か月かけて看板を完成させた。

 現在、バオさんはホーチミン市内の各区や近隣の省、さらには海外からも、毎日10件以上の注文を受けている。しかし、すべてバオさん1人の手作業で行っているため作業に時間がかかり、完成までの待ち時間はかなり長くなっている。

 8月のある日の午後、ディン・グエン・スアン・ガンさん(女性・31歳)は、自分の食堂の看板を注文するため、南部メコンデルタ地方ベンチェ省からバオさんの元を訪れた。ガンさんは、バオさんの仕事ぶりを見ると職人としてのこだわりと熱意が感じられると話す。

 また、2020年からバオさんを知っているというレ・ティ・ゴック・アインさん(女性・57歳)は、初めてバオさんと話したときに彼の誠実さと仕事の信頼性を感じ、次回訪れた際に看板4枚を追加で注文したという。「バオさんを知ってから、海外にいる友人たちにもバオさんの店を何度も紹介しているんですよ」とアインさん。

 バオさんにとって、この仕事を続ける中で大変なこともあるが、それでも手描き看板を見て客が喜んでくれることが、この仕事を続けるモチベーションになっているという。

 「いつか若い人たちが古き良きものの価値に気づき、それらを取り戻し、技術を学び、そして手描き看板が再び人気を博すことを信じています」とバオさんは語った。 

[VnExpress 06:31 04/08/2022, A]
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