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[特集]

女の子を出産したトランスジェンダーの夫、法的な「父親」への渇望

2022/09/25 10:28 JST更新

(C) vnexpress
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 娘の出生証明書には、母親の欄に「カン」と記載されている。娘を産んだのは、女性から男性に性転換したトランスジェンダーの「父親」であるカンさんだ。

 南部メコンデルタ地方ドンタップ省出身のカンさん(26歳)は女性から男性に、同カントー市出身の妻のアインさん(23歳)は男性から女性に性転換したカップルで、ベトナムのLGBTコミュニティでトランスジェンダーであることを公表した最初のカップルでもある。

 カンさんの出産は、ベトナムで初めてトランスジェンダーの男性が出産した事例だ。子供をもうけることを決意した当時、カンさんは男性ホルモン注射を一時休止し、アインさんも女性ホルモンの投与を注射から服薬に変えて量も減らした。そして、カンさんは4か月後に自然妊娠し、2020年5月16日に体重2.3kgの女の子を普通分娩で出産した。カンさんは今、法的に娘の「父親」になることを渇望している。

 「私たちトランスジェンダーは、まるで世の中に取り残されているかのようです」とカンさんは語る。カンさんによると、彼にとって妊娠中は「ひどい」経験だったという。いわゆる女性のようにマタニティの権利を享受できず、子供の誕生に向けて経済的な準備をするため、働き詰めだった。

 他の妊婦と同様に、カンさんも赤ちゃんがお腹の中で成長するにつれて内臓が圧迫され、呼吸や睡眠に影響が出た。妊娠32週で切迫早産の兆候が見られたため、入院して黄体ホルモン注射を受けた。他の妊婦と違ったのは、「トランスジェンダーなのに子供を産むのか」、「まだ子宮があって妊娠もできるのにどうしてトランスジェンダーと呼べるのか」など、色々な人からあれこれ言われたことだ。

 カンさん夫妻は妊娠前にそれぞれホルモン注射を長期間受けており、特にカンさんは麻酔薬や抗生物質も使っていたため、健康な赤ちゃんが産めないのではないかというプレッシャーにさらされていた。「それでも、私たち夫婦は子供が欲しかったので、命を犠牲にしてでも赤ちゃんを産むと決意したんです」とカンさんは語る。

 カンさんも必要とした、妊娠中や出産時のマタニティ制度や社会保険といった政策は、妊娠中や出産時の経済面と健康面をサポートするだけでなく、社会の中で彼らが他者と平等に生きることをも意味する。

 第3の性のコミュニティの活動家たちは、性別適合手術を受けたか受けていないかを問わず、トランスジェンダーの権利に関する問題を見つめ直す時が来たとの認識を示している。

 ベトナムのLGBTQ+の権利を推進するための活動を行っているフイン・ミン・タオさんは、「トランスジェンダー」を「性自認(心の性)が生物学的性(身体の性)と異なる人々」として定義する。「自分の性別は自分の身体の性別とは違うんだと強く感じているというだけで、トランスジェンダーと呼べるでしょう。トランスジェンダーと呼ぶのに医学的な介入は必要ありません」とタオさん。

 LGBTを含むマイノリティの権利を擁護するための非政府組織である社会経済環境研究所のルオン・テー・フイ所長によれば、性別適合手術はあくまでも内外性器に関する手術を指し、性別適合手術やホルモン治療、美容整形手術を受けても、遺伝子構造や性染色体は変化しない。さらに、全てのトランスジェンダーの人々が治療や手術において同じかつ完全なプロセスを経るわけでもない。

 実際、健康面や経済面などの理由で多くのトランスジェンダーの人々は自分の身体に医学的な介入を受けていない。「彼らは経済や健康、家族などの理由で手術を望んでいないかもしれませんが、それでも彼らが望む性別に応じて法的に認められるべきです」とフイ所長は語る。

 フイ所長はまた、トランスジェンダーの人々が法律によって認められることで、就職や出入国、身分証明書が必要な各種活動においてより生きやすい世の中になると話す。そうすれば、トランスジェンダーの人々も平等で守られていると感じられ、より幸せに、より健康に生活し、さらに自分自身を高める機会にもなる。

 2017年1月1日に施行された改正民事法(2015年版)では、ホーチミン市チョーライ病院やハノイ市バックマイ病院などの医師が、外見は男性でも子宮や膣があるケースなど「特定の身体構造」を認めた場合に限り、性別適合手術を許可すると規定されている。

 その場合、当事者は医師の診察を受け、自分に適した性自認を選択し、性別適合手術を受ける。手術が成功し、医師の確認を受ければ、出生証明書などの本人確認書類の個人情報の訂正手続きを行うことができる。

 しかしながら、トランスジェンダーの人々にとって、これらの規定は現実的でない。保健省によると、ベトナムには現在、約48万人のトランスジェンダーがいると推定される。一方、カミングアウトしていなかったり、隠していたりするケースがほとんどであるため、実際の数ははるかに多いと見られる。

 現実的には、ベトナムで法的に認められているトランスジェンダーはほとんどいない。ベトナムのほとんどのトランスジェンダーは手術のためにタイへ行って手術を受け、外見が変わって帰国しても身分証明書の個人情報を変更することはできないのが現状だ。

 こうした中、保健省は、性転換法草案の策定を進めている。同法では、トランスジェンダーの人々に対して婚姻や兵役などの一般的な権利と義務を与えることや、女性から男性に性転換した人々が妊娠・出産した場合に法律に基づき手当や社会保険を受け取ることも提案している。さらに、トランスジェンダーがトランスジェンダーと認められるにあたり、医学的な介入を必要とせず、「医学的な介入は任意とする」ことも提案している。

 カンさんの娘は2歳になったが、書類上は今もカンさんが「母親」であり、カンさん自身も法的には男性として認められていない。カンさんは、「心からの願いは、娘にとって法的な『父親』になり、娘の出生証明書の父親の欄に自分の名前が記載されることです」と語った。 

[VnExpress 05:00 12/09/2022, A]
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