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[特集]

ホーチミン、真夜中のハンモックカフェに集う人々

2022/10/09 10:05 JST更新

(C) tuoitre
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 肌寒い真夜中、貧しい労働者たちはハンモックに横たわってぐっすりと眠る。荒天の真っ只中、お金がない人や路頭に迷った人もまた、モーテルやホテルに泊まるよりもお金をかけずにやわらかいハンモックに身体を預ける。

 深夜0時、ホーチミン市直轄トゥードゥック市の農産物卸売市場の横にあるハンモックカフェに、1人の白髪の老婆が杖をつきながら入っていく。彼女はボー・ティ・クックさん(77歳、南中部沿岸地方クアンナム省出身)。この数年間、ハンモックを借りて寝泊まりしている。

 ハンモックのほこりをゆっくりと払い、寒さをしのぐためにマスク付きの帽子で顔まで覆ったクックさんは、長いことこのハンモックを使っていて、どれが自分のハンモックかすぐに判別できるように服をかけて目印にしているのだと教えてくれた。

 クックさんは夫と子供を戦争で亡くし、1人で故郷から東南部地方ビンズオン省に移り住んだ。生計を立てるために宝くじを売り、それからホーチミン市に移って、今もなお宝くじを売っている。

 「この市場は人が多いので、宝くじも売りやすいんです。午後に200枚受け取って、売れ残った分は翌日売るんですよ」とクックさん。

 濁りのある目で外を眺めながら、今夜は妙に寒いわね、と言い、膝が痛くて眠れないかもしれないと不安げだ。クックさんは翌日売る分の宝くじが入ったかごを抱きしめ、毛布で身体を覆ったが、市場に停まっているトラックの積み下ろしの音が気になってなかなか眠りにつけないようだ。

 クックさんも他の人たちと同じように、部屋を借りる代わりにハンモックを借りて寝泊まりすることを選んでいる。こういった人たちにとって、「ホテル」というのはあまりにも遠い存在だ。

 ハンモックカフェから少し離れた道端で、グエン・ズイ・リンさん(男性・34歳、東南部地方ドンナイ省出身)は眠れずにスマホをいじっていた。「市場で荷物の積み下ろしや作業の手伝いの仕事をしているので、仕事の声がかかるまでよくハンモックを借りています。そんなに眠れませんが、仕事には便利だし、安いので」と、リンさんはあくびをしながら言った。

 一方、12区のタントイヒエップ陸橋のふもとの近くでは、3~4軒のハンモックカフェが明かりをつけて客を待っている。うち1軒はかなり広々としており、40台ほどのハンモックがほぼ満席になっている。

 疲れた様子で店内に入ってきたチャン・バン・ダットさん(男性・41歳、南部メコンデルタ地方ドンタップ省出身)は配車アプリの運転手で、8区に部屋を借りているものの、よく深夜に仕事を受けるためこうしてハンモックで仮眠を取るのだという。

 市内の中心部に近いエリアで仕事をしているバイクタクシーの運転手や労働者は、ミエンドン(東部)バスターミナルやファンバンチ(Phan Van Tri)通り、20番(so 20)通り、ゴーバップ区などにあるハンモックカフェを利用している。

 料金は2万VND(約120円)からで、場所によっては追加で駐車料金として1万VND(約60円)がかかるところや、飲料水とシャワー、洗濯のコンボで1人5万VND(約300円)というところもある。

 7年前に12区のタントイヒエップ陸橋のふもとでハンモックカフェを始めたファン・タイン・トゥアンさん(男性・40歳)は、「これまでたくさんのお客さんから身の上話を聞いてきたので、彼らの感情が伝わってこんなに顔がしわしわになっちゃったんですよ」と冗談めかして言った。

 トゥアンさんはこう語る。「建設現場の作業員や宝くじ売りなど、長期間ここに寝泊まりする人も多いんです。以前はシャワーと洗濯1回につき5000VND(約30円)をもらっていたんですが、今はもう無料にしました。お金がない人はとても苦労していますから。自分も借金を背負っていた時期があるので、よくわかるんです」。

 トゥアンさんは、客がよく眠れるようにハンモックの台を頑丈にするなど工夫も凝らしている。料金は以前から変わらず飲料水込みで3万VND(約180円)だ。「入ってくる人を見れば、田舎から仕事を探しにやってきて苦労しているんだろうというのもすぐにわかります。1年ぶりに来店した人でも顔を覚えていますよ」とトゥアンさんは語る。

 代々ホーチミン市に暮らしてきたトゥアンさんは、わずかなお金で寝泊まりできる場所をこのエリアで見つけるのは簡単ではないと話す。「他のお客さんの迷惑になる酔っぱらい以外は、どんなお客さんでも受け入れます」とトゥアンさん。

 しかしながら、ハンモックで寝ている人たちが必ずしも家がないというわけではない。トゥードゥック市の農産物卸売市場でハンモックカフェを営んでいるミー・ドゥックさん(女性)によると、彼女の店の客には夜勤の人や最終バスを逃して朝を待つ人などが多い。

 中には人生を悲観してジプシー生活を送っているという人もいれば、仕事を探しに田舎から出てきて、動きやすいようにハンモック生活を数か月して、多少お金の余裕ができたら部屋を借りるという人もいる。

 何人かのハンモックカフェの店主によれば、客の中には、月極でハンモックを借りる人もいる。あるハンモックカフェでは、1か月60万VND(約3600円)でハンモックを貸している。シャワーや洗濯、出入りも自由で、ハンモックで寝るのに慣れてくればいびきすらかくようになるという。

 グエン・タンさん(女性・45歳)はといえば、子供が夫婦のために部屋を借りてくれると申し出たものの、夫婦はハンモックカフェで寝泊まりすることを選んだ。タンさんはこう語る。「もう長いことここで寝泊まりしています。夫婦それぞれ1台ずつ、ハンモックを借りて。夫は市場で荷物の積み下ろしの仕事をしていますし、お金も十分にまかなえていますし、子供に迷惑をかけたくないので……」。

 タンさんの所持金は最低限の生活をまかなえる程度なのだが、先のクックさんに身寄りがないことを知り、さらにクックさんが2か月前に事故に遭った上に騙されて所持金を全て失ったときには、タンさんが家族のようにクックさんの世話をしたという。

 「ご近所さん」であるクックさんのハンモックを見つめながら、「クックさんはとても気の毒です。脚も悪いですし。マッサージをしてあげたり、洗濯をしてあげたり、脚や背中の痛み止めの薬を飲むように声をかけたりしているんです。それから、泣かないで、悲しまないで、とも」とタンさんは話す。

 それを聞いてクックさんはこう語る。「ここの人たちはよく面倒を見てくれるんです。店主は食べ物と飲み物をくれて、服をくれたり、毛布をくれたりする人もいます。今履いている靴はタンさんがくれたんですよ。彼女が履いていたのに、私が歩きやすいように、とその場で脱いでくれたんです」。

 クックさんの話をそばで聞いていたあるビジネスマンの客が、クックさんに一番の望みは何かとたずねた。するとクックさんは、ただ1つの望みは、起きたらまた売りに行かねばならない売れ残りの宝くじを誰かが買ってくれること、だと言った。

 それを聞いたビジネスマンの客は、残っていた100枚近い宝くじを全て買い、さらにいくらかのお金をクックさんに渡した。クックさんは大喜びで、見知らぬ人の優しさに涙をこぼした。タンさんも一緒に喜びつつ、「続きはまた明日」と言ってクックさんに身体のために少し眠るよう促した。

 世が更けたホーチミン市の街は肌寒い。太陽の光を浴びて真っ黒に日焼けした労働者はハンモックの中で眠りに落ちる。明るい未来の夢を見ながら……。 

[Tuoi Tre 11:40 06/10/2022, A]
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