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[特集]

ITエンジニアからプロの靴磨きに、成功までの道のり

2023/08/13 10:12 JST更新

(C) dantri
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 ハノイ市在住のディン・タイン・フォンさん(男性)は、外資系企業のITエンジニアとして働き、2000万VND(約12万円)以上の月収を得ていた。しかし、革靴への愛着から靴磨きを突き詰めたいと考えるようになり、友人たちからいぶかしげな視線を向けられながらも2018年にITエンジニアの仕事を辞めることにした。

 「当時は、誰が見ても安定した仕事に就いて高収入を得ているのに、と思われたでしょう。でも私自身は、毎日仕事に行って月末の給料日を待つだけで、同じことの繰り返しでした。そんな生活が退屈で、満足できていませんでした」とフォンさんは語る。

 もともと革靴が好きで、毎日仕事に行くときはスラックスにワイシャツを合わせ、革靴を履いていた。そんなフォンさんに、あるカフェのオーナーが「靴を売ったらどうだ。良いお客さんを紹介するよ」と言った。しかし、フォンさんは靴を売りたいのではなく、靴を磨く仕事がしたいと考えていた。

 「世界では、靴磨きの仕事はずっと昔からあります。ベトナムでは、靴を売る人は多くても靴の手入れをする人はいません。思い立ったが吉日、その日のうちに『靴磨き屋(Tiem Danh Giay)』というファンページを立ち上げました。起業して、最初のお客さんたちは皆、そのカフェのつながりの人でした」とフォンさんは話す。

 起業したばかりのころはまだ経験もなかったため、会社員を続けながら靴磨きの仕事をしていた。昼間はオフィスに出勤し、夕方から靴磨きをした。「当時の私はとても貪欲で、毎晩寝室の隅にある机の前に座って、深夜まで靴を磨いていました。午後にお客さんから受け取った靴は、夜のうちに何としても磨き上げて、翌朝にはお戻ししないといけなかったので」とフォンさん。

 実務を重ねながら靴磨きを学んだフォンさんは、起業した数か月後、ベトナムでは路上の靴磨きばかりに慣れていて、誰も正しい靴の手入れの仕方を知らないということにふと気づいた。それで、標準になるような靴磨き屋を開きたいという思いがふつふつとわいてきた。

 フォンさんが友人たちにこの話をすると、支持する意見の一方で、ITエンジニアとして高収入を得ていながらそれを捨てて靴磨きに転職するなんて信じられない、と「ショック」を受ける人も少なくなかった。

 「皆いぶかしげでしたね。月収2000万VND(約12万円)を捨てて、1足1万VND(約60円)で靴を磨くことに価値があるのか、と質問してくる人もいました。それでも私は、自分の選択に確固たる自信があったんです」とフォンさんは語る。

 靴磨きの仕事を始めた当初、フォンさんが直面した問題はお金ではなく、ブランド靴だった。中には超高級な靴の手入れを依頼されることもあり、そういった仕事を引き受けるときには極めて慎重に対応した。

 「靴磨きの仕事は単純だと思われるでしょうが、実際はこの仕事を始めてから自分自身を改め、日々学び、経験を積まなければなりませんでした。超高級な靴もありますし、失敗は許されません。わずかなミスでも弁償しなければなりませんし、お店の評判も下がりますから。1足数千万VND(1000万VND=約6万円)、ときには1億VND(約60万円)を超える靴もあるのですが、靴を持った手が震えてしまって。壊してしまうのが怖くて、どう扱ったらいいのかわかりませんでした」とフォンさんは話す。

 靴磨きの仕事で安定した収入が得られるようになった2019年末、飛ぶ鳥を落とす勢いでフォンさんは友人2人とともに靴磨きの店を開く場所を借りる準備を始めた。しかし、間もなく新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行し、友人2人は先が見えないと言って諦めてしまった。

 「当時は文字通り1人でもがいていましたね。諦めたくはないけれど、続けるにはあまりにも大変で。数か月はほとんど売上がなく、運営コストとスタッフの給与を差し引いて、手元に200万VND(約1万2000円)しか残りませんでした。大変な時期が長引き、家にはまだ小さい子供もいたので、靴磨きは諦めて就職しようと思い、有名ブランド店の仕事に応募したこともあります。でもそのときは双方の意見が合わず、うまくいきませんでした」とフォンさん。

 フォンさんはブランド品については門外漢だったが、後に有名ブランド店で1年近く働きながら学び、経験を積んだ。それからさらに半年かけてハンドメイドの革工房に通い、革製品について学んだ。

 独学と経験を積んだフォンさんはついに、プロの靴磨き職人となり、高級革靴の手入れを手掛ける店のオーナーとなった。

 「多くの人は私のことを、ITの仕事を辞めて靴磨きを始め、月に1億VND(約60万円)以上稼いでいる人、と認識しているかもしれませんが、実際はそうじゃありません。ITを勉強した私が、ブランドや縫製について学んだからこそ、今のようにやっていけるようになったんです。たくさん学んでこそ、お客さんが持ち込んだ靴がどんなものなのか、どんな素材で作られているのか、修理できるのかどうか判断することができ、お客さんに最適なアドバイスができるんです」とフォンさんは語る。

 起業してから約6年が経ち、フォンさんの靴磨き屋は国内外の多くの客に支持されてきた。フォンさんはまた、日々の仕事を動画にしてSNSに投稿している人物としても有名だ。

 フォンさんは毎日15~20件の依頼を受ける。特にテト(旧正月)のころの依頼は約30件に増え、あまりに手がいっぱいになると依頼を断らざるを得ないこともある。

 「自分が最も得意な革製品の手入れだけを受けています。多くのお客さんがスニーカーを持ち込んできて、手入れ自体は私ももちろんできますが、それでもお断りして、専門店を紹介するようにしています。たくさんの依頼を受ければ収入は増えますが、その分、期限までにお客さんに依頼品をお戻しすることができなくなってしまいますから。サービスの質と店の評判に影響を及ぼすことのないよう、数字にはこだわらないことにしているんです」とフォンさん。

 現在、フォンさんの店の料金は、客の要望によって1足につき15万~25万VND(約900~1500)円となっている。路上の靴磨き屋に比べると10倍の料金だが、路上の靴磨き屋では体験できないサービスに価値を見出して、客も惜しまず支払ってくれるのだという。1億VND(約60万円)超えの靴でも数百万VND(100万VND=約6000円)の靴でも、料金は同じだ。

 「今、月に2億VND(約120万円)近く稼いでいますが、この道に進もうと決めたときから、路上よりも良質な靴の手入れのサービスを誰もが受けられるように、という思いでやっています。私にとって、もちろんお金を稼ぐことも大事ですが、それ以上に今の私の仕事が、ベトナム人の革靴や革製品に対する扱い方を変える一助になれば、と思っています」。 

[Dan Tri 06:40 19/07/2023, A]
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