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[特集]

騙されて中国に渡った女性、28年ぶりに母親とオンラインで涙の再会

2023/11/12 10:21 JST更新

(C) thanhnien
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 レ・ティ・フオン・マイさん(女性・42歳)は、14歳のときに叔母から「仕事を紹介してあげる」と言われ、中国に連れて行かれた。マイさんは現地の中国人と結婚させられ、ベトナムの家族とは28年間も音信不通だったが、最近になってオンライン上で母親と再会することができた。

 父親は早くに亡くなり、母親は再婚相手との子供が生まれて生活も苦しかったため、当時のマイさんは、家族を助けるため、中国で働くよう勧める叔母の誘いに乗って、中国に渡った。

 マイさんがベトナムを出てから2週間後、母親のダン・ティ・トゥー・クックさんは、娘から送られてきた手紙と衣服、そして1.875g分のゴールドを受け取った。しかしそれ以降、娘からの連絡が来ることはなかった。

 28年後の2023年8月になって、ようやくマイさんとオンライン上で話すことができたクックさんは、娘が中国で結婚させられていたことを初めて知ったのだった。

 マイさんには2人の娘がいて、夫の家族と共に中国の広東省の小さな村に住んでいる。中国に渡った当初、マイさんはまだ少女で広東語もわからなかったため、外の世界とつながる手段がなかった。身分証明書すらも持っておらず、ただその状況を我慢して諦めるしかなかった。そしてマイさんは16歳で第一子を出産した。

 「いつもベトナムの家族のことを想っていました。こちらで知り合った数少ないベトナム人の知り合いに、ベトナムに帰国するときに母の元を訪ねてもらおうとしたこともありますが、うまくいきませんでした」とマイさんは涙を流した。

 マイさんは最近、同じ村に住むベトナム人女性と知り合い、よく話をするようになった。この女性がベトナムにいる家族に電話をかけているのを見て、マイさんも家族を見つけたいという自身の思いを吐露するようになった。

 幸運なことに、マイさんの近所の住人が、各地で家族が行方不明になった数百件ものケースを解決に導いてきたという、南部メコンデルタ地方ドンタップ省在住のトゥアン・ビーさん(男性・46歳)のユーチューブ(YouTube)チャンネルをフォローしていた。

 8月のある朝、マイさんは初めて携帯電話の画面の前に座り、ユーチューブの視聴者に向けて、自分のこれまでの人生について語った。マイさんは家族の名前を列挙し、涙を流しながら嘆願した。「皆さん、どうか力を貸してください。母はクック、弟はフオン(平らな声調)、妹はフオン(重い声調)という名前です」。

 国境を越え、広東省から約3000km離れた東南部地方ドンナイ省ビエンホア市にも、マイさんの動画を目にした人物がいた。この高齢の女性はマイさんの母親であるクックさんの自宅の近くに住んでいて、動画の中に出てきた名前に聞き覚えがあった。女性は急いでクックさんの自宅に行き、「レ・ティ・フオン・マイという名前の女性が、家族を探しているみたいだよ」と知らせた。

 それを聞いたクックさんは、心臓の鼓動が高鳴った。震える足で女性の自宅まで走り、その動画を観た。

 翌日、トゥアン・ビーさんを通じて、マイさんとクックさん家族はオンライン上で顔を合わせることができた。母と娘は顔を見合わせたが、画面の向こう側の人物が自分の家族だとすぐには認識できなかった。

 クックさんが先に口を開き、落ち着いた声で「まぶたの下の小さなほくろはまだある?」と聞いた。かつて、クックさんは「このほくろがこの先のあなたの人生の悩みの種になりそうで心配だよ。これがあなたをずっと泣かせることになるかもしれないね」と娘によく話していた。

 一方、幼い頃母親によく言われたその言葉を思い出し、マイさんは泣き出した。マイさんは声を詰まらせながら、「お母さん、両手を挙げて見せて」とクックさんに尋ねた。クックさんは手を挙げ、同時に目の前にいるのが確かに自分の娘だと確信した。「私の左手の人差し指は一部が欠けていて、娘はそれを覚えていたんです」。クックさんは感動のあまり、大声で泣いた。

 クックさんは、元はホーチミン市の出身だ。若い頃、クックさんは看護師、最初の夫は運転手をしており、夫婦にはマイさんより2歳年下の息子もいた。そしてマイさんが9歳の時、夫が他界した。都市部での生活は苦しく、母と子2人は荷物をまとめてビエンホア市に移り住んだ。

 クックさんは自宅の近くの寺院で清掃の仕事を始めた。マイさんも母親について行って仕事を手伝い、草むしりをしたり、時にはカシューナッツの収穫に雇われたりすることもあった。そしてクックさんは、息子を寺院に入れ、僧侶たちに育ててもらうことにした。

 数年後、拠り所が欲しかったクックさんは、グエン・アイン・チョンさんと再婚し、1995年に第3子となる次女を出産した。チョンさんは出稼ぎ労働で忙しく、マイさんがクックさんの病院に付き添った。

 産後のクックさんの体調は優れず、また赤ん坊も病気で救急病院に転院しなければならなかった。マイさんは1人で赤ん坊を抱えて人々にミルクを求め、一滴も残さずに飲ませた。そして赤ん坊が眠ると病室にいる皆の服を洗濯し、いくらかのお金を受け取っては、医師に頼んで赤ん坊のミルクを買ってもらった。次女の名付け親もマイさんだ。

 母親の苦労を感じ取ったマイさんは、妹が5歳にもならないうちに働きに出ることにした。クックさんはマイさんに、ホーチミン市の父方の祖母を訪ねて、祖母や叔父叔母たちに仕事用の自転車を用意してもらうように伝えた。

 しかし、1人の叔母はマイさんに会うと、中国に行って仕事をしないかと誘惑した。当時、マイさんの末の叔母も中国で働いていたため、マイさんは叔母を信用して中国に行く決心をした。

 ところが、中国に着くとその叔母はマイさんを売春宿に売ろうとした。末の叔母が止めてくれたものの、その後、2人の叔母は、クックさんと同じ年頃の男性にマイさんを嫁として売ることに決めたのだった。

 一方、クックさんの再婚相手のチョンさんは、「私にだって子供を育てる責任があるのに、どうして私に何の断りもなく、マイを行かせたんだ」と妻を責めた。

 娘が家を出て間もない頃、クックさんは夜もよく眠れなかった。1か月が経ち、クックさんは、ホーチミン市の親族の自宅を訪ねたが、家は売り払われ、皆引っ越してしまっていた。それ以来、クックさんはマイさんを中国に連れて行ったマイさんの叔母とは一切会っていない。

 クックさんは、親族から「出稼ぎに行ったんだから、お金が貯まれば帰って来るでしょ。何を心配しているの?」とも言われた。他にも多くの人たちから、生活苦で子供を売ったのかと非難された。

 まさか自分の娘が、血のつながった親族に売られたなどとは考えられず、当時クックさんはあえて警察にも通報しなかった。しかし、長い月日の間にその叔母の消息も不明になってしまった。

 クックさんは、娘が帰ってこないのは、困難な状況にあるからか、もしくは何か後ろめたいことがあるからか、と考えていた。そして、「来月には帰って来る、来年には帰って来る…」と漠然と信じて、寺院の清掃で稼いだお金を全て占いにつぎ込んだ。

 末娘のフオンさんの出生証明書を作成した日、クックさんは長女のフオン(平らな声調)・マイさんを思い、末娘の名前をフオン(重い声調)・マイに変えた。末娘も、今では結婚して3人の幼い子供がいる。

 マイさんの弟、レ・ダン・シー・フオンさん(40歳)は、かつてマイさんにとてもよくかわいがられていたと語る。背が高くがっしりとした見た目の弟のフオンさんは、マイさんとオンライン上で顔を合わせた時、「やっと再会できたんだから、元気出して、お姉ちゃん」と口にしながらも、涙を抑えることができなかった。

 当時、寺院で生活する弟が十分な食事を取れていないのではないかと心配したマイさんは、毎日夕方になると自宅で炊いた茶碗1杯のごはんを寺院に持って行き、弟に食べさせていた。その後、成長した弟のフオンさんは、母親に何も告げずに家を出て、家族を捨てた親不孝者だと姉に腹を立てていた時期もあった。マイさんが売られたなどと、誰も想像することができなかったのだ。

 時が経ち、マイさんは中国で夫と暮らす生活にも慣れていった。中国語も上達し、自宅の近くの工場で働き始めた。2人の娘も就職し、母親の言うこともよく聞く。60歳近いマイさんの夫も、毎日市場で野菜を売りながら、妻子を大切にしている。マイさんの家族の生活は平穏だと言えるが、ただ1つ、故郷を恋しく思う気持ちだけが、常にマイさんの心に渦巻いていた。

 ようやく家族を見つけることができた今、マイさんは幸運だと感じている。オンライン上で再会した時は、過去を思い出して泣くことしかできなかったが、「今後もしもベトナムに帰ることができたら、例の叔母を見つけ出して話をはっきりさせるから」と母親に伝えることを忘れなかった。

 マイさんは憤慨しながらも、「幸い、今の私の生活は順調よ。夫も、私と2人の娘がベトナムを訪ねてもいいと言ってくれているの」と母親を安心させた。しかしながら、マイさんの現在の問題は、身分証明書を持っていないことだ。

 マイさんの思い出の品や写真はもうクックさんの手元にも残っておらず、ぼろぼろの出生証明書だけがクックさんの宝物だ。クックさんは、娘が身分証明書を作ることができるよう祈りつつ、ベトナム側での書類を用意すべく奔走している。

 一方のマイさんは、家族をこの手で抱きしめることを夢見ながら、故郷に帰るための資金を貯めるため、一生懸命に働いている。 

[Thanh Nien 12:02 14/09/2023, A]
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