[特集]
自閉症の人々が働く「幸せの店」
2025/07/27 10:26 JST更新
) (C) VnExpress |
) (C) VnExpress |
ハノイ市オーチョズア街区(旧バーディン区タインコン街区)のマイアイントゥアン(Mai Anh Tuan)通り254番地に、「幸せの店(Cua tiem hanh phuc=The Happiness Shop)」がある。これは、自閉症の人々のための経済モデルの愛称であり、彼らが労働者として認められ、給与と賞与を得ることができる場所でもある。
12時30分、トランシーバーから来客の知らせが入ると、店はたちまち活気を帯びる。昼休憩中だった従業員が皆、接客に向けて動き出し、ドゥックさん(19歳)は1分もかからずにシフトを調整する。ドゥックさんは、従業員全員の得意なことや言語能力を把握しており、制約のある従業員とペアにしてシフトを組む。
「料理長」のフンさんはオーダーを取る係のチャムさんとペアになり、ミンさんはラムさんとペアになってドリンクのオーダーを手伝ってもらう。残りの人たちは紙ナプキンとチリソースをテーブルに並べていく。
ドゥックさん、フンさん、ラムさん、チャムさんはいずれも自閉症の当事者で、起業家のグエン・ドゥック・チュンさん(男性・40歳)が創設した「幸せの店」で働いている。
チュンさんには自閉症の親族はおらず、特別支援教育に携わった経験もなかった。しかし、12年前の運命的な出来事が彼の人生を変えた。
その日、あるリゾートで突然、1人の子供がチュンさんのもとに駆け寄り、彼の頭を強く叩いた。激痛とめまいで反応できずにいると、その子供の母親が「うちの子は自閉症なんです」と必死に謝る声が聞こえた。
その時、チュンさんは初めて「自閉症」という言葉を耳にした。「どうしてあんな行動をしたんだろう?彼らの世界観はどうなっているんだろう?どうして彼らについて語られることが少ないんだろう?」と、多くの疑問に突き動かされた。
それからチュンさんは、自閉症の人々の特別支援教育や医療、ライフスキルについて研究し、最終的に「持続可能な唯一の道は、お金を稼ぐモデルを構築することしかない」という結論に至った。
「自閉症は一生付き合っていくもので、完治することはありません。でも、適切な環境を整えれば、自閉症の人々も自立した生活を送り、働いて社会に貢献することができます」とチュンさんは語る。
チュンさんは雑貨店やカフェ、本屋、ホームステイ施設を展開し、自閉症の人々のための環境づくりを始めた。数日でテーブルの拭き方を覚える人もいれば、ほうきの持ち方やコンロの火の付け方に慣れるまでに数か月かかる人もいる。腕に輪ゴムをはめたり、クラシック音楽を聴いたりしなければ集中できない人もいる。
「自閉症の人の脳はまっすぐに物事をとらえるので、嘘や比喩、社交辞令は通じません」とチュンさんは話す。しかし、そのフラットな世界観は、しばしば健常者の複雑な現実と衝突する。チュンさん自身も何度もこの問題に直面してきた。
2018年のテト(旧正月)間近のころ、チュンさんが1階で仕事をしていると、上の階から物音が聞こえた。3階に駆け上がると、目の前の光景に震撼した。床にはプラスチックの破片やコード、割れたモニターが散乱し、10台のノートパソコンが粉々になっていた。
「色々な感情が渦巻きましたが、私を包んでいたのは恐怖でした。あんなふうに財産が破壊された光景を目撃したのは初めてでしたし、しかもその当事者の姿がどこにもなかったんですから」とチュンさんは当時を回想する。
事件を起こしたのは、母親の出張中に一時的にチュンさんのもとで暮らしていた、ホーチミン市在住の自閉症児のビン君だった。事件の後、チュンさんは2階のバルコニーの手すりの外側に立っているビン君を見つけた。ビン君の目に生気はなく、足元には壊れた鉢植えと机と椅子が転がっていた。
チュンさんはすぐに店を閉め、食事を注文して、何事もなかったかのようにビン君と座って食べた。ビン君は一言も説明することなく、黙ったままだった。その夜、チュンさんは眠れず、必死で原因を探った。
直感で、恐らくビン君は疲れてしまったのに、休みたいと言葉で伝えることができなかったのではないかと感じた。「大きな代償を払うことになった初めての過ちは、私が自閉症の人たちの健康状態と許容範囲を見誤ったことでした」とチュンさんは語る。
こうしたいくつかのつまずきを経て、チュンさんの会社は従業員に対して心理的により配慮するようになった。例えば、従業員の1人で、自宅から職場まで自転車で通勤しているラムさんには、職場に到着して仕事を始める前に10分間の休憩を与えている。また、唯一の女性であるチャムさんには、他の男性の同僚よりも優しく接している。
自閉症の人は、1人ひとりまったく異なる。家庭環境や生活習慣、さらには天候さえも影響を与え、問題を引き起こす可能性がある。
クアン・アインさんは、4年前に入社した日、精神的なストレスから髪の毛の半分以上が白髪になっていた。入社したばかりのころは悪態をつき、物を壊し、人前で失禁していた。
その理由を尋ねると、「悪いことが好きだから。悪いことなら傷付かないでしょ」と答えた。その答えに、チュンさんは胸が張り裂ける思いだった。傷ついたことがある子供が、憎しみを学び、棘のある殻で自分を守っていたのだ。この新入社員をトレーニングするため、チュンさんは自ら役を演じることを選んだ。
「彼は私に悪態をつきましたが、私は黙っていました。彼が失禁したり、物を投げつけたりしても、私はただ優しく『私は君に何もしていないのに、君は私を傷付けるの?』と問いかけました」とチュンさんは話す。
傷付けられても報復しないというチュンさんの一貫した対応は、反復的かつ論理的に働く自閉症の人の脳に、徐々に浸透していった。そして、2年間の沈黙と忍耐を経て、クアン・アインさんは変わった。22歳になったクアン・アインさんは、落ち着きがあり、司会も務め、同僚を代表して発言することもできるようになった。
この10年近くの間に、「幸せの店」のモデルは、自閉症の人々が生き方や働き方、社会への適応を学ぶためのオープンスペースとなり、1万人以上の客が訪れた。これまでに23人の自閉症の人々がここで働き、現在は18歳から31歳までの10人が在籍している。
「幸せの店」では、賃金は日割りで支払われる。ある日の収支表には、7人の客が来店したことが記録されており、売上から経費を差し引いた後、従業員1人につき2万VND(約112円)とチップ2万VND(約112円)が支払われた。給与のほかにも、保護者による支援金を含めて様々な収入源がある。
「自閉症の従業員の強みは、生産性やスキルではなく、その純粋さや、見せかけではなく真に楽しく働いているということにあります」とチュンさんは語る。
「幸せの店」の従業員は皆、それぞれが運命を乗り越えてきた自分の物語と、独自の能力を持っている。ズンさんは数秘術が得意だ。ラムさんは流暢な英語を話し、現在はオープン大学で法律を学んでいる。不器用だったフンさんは、ここに来て2年が経った今では「料理長」となり、言葉を話すこともできるようになった。
また、入社して7年が経つドゥックさんは、ここでは自分のことを理解してもらえていると感じられ、いつも笑顔が絶えない最高の自分を見つけることができた。ドゥックさんは現在、短期大学でITを学んでおり、間もなく卒業する。
ドゥックさんの母親(54歳)によれば、ドゥックさんは以前と比べて別人のように変わったという。母親は「私のような自閉症の子供を持つ親にとって、こういう子供の姿を見ること以上に幸せなことはありません」と語る。
チュンさんは、この経済モデルが広く普及することを願っている。チュンさんは「私たちの進んでいる道は小さいかもしれませんが、より多くの協力と仲間が集まれば、自閉症の人たちのために、もっと広くて大きな道を切り開くことができるでしょう」と語った。
[VnExpress 06:00 03/06/2025, A]
© Viet-jo.com 2002-2025 All Rights Reserved.
このサイトにおける情報やその他のデータは、あくまでも利用者の私的利用のみのために提供されているものであって、取引など商用目的のために提供されているものではありません。弊サイトは、こうした情報やデータの誤謬や遅延、或いは、こうした情報やデータに依拠してなされた如何なる行為についても、何らの責任も負うものではありません。