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[特集]

ホーチミンの市場とともに生きる:ダイクアンミン市場

2026/01/25 10:14 JST更新

(C) thanhnien
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 ホーチミン市旧5区(現在のチョロン街区)にあるダイクアンミン市場(cho Dai Quang Minh)は、別名「ダイクアンミン商業センター(trung tam thuong mai Dai Quang Minh)」とも呼ばれている。この市場は、かつてはサイゴン(現在のホーチミン市)のアパレル副資材(縫製副資材)業界の「心臓部」で、毎日何千点ものレースやビーズ、リボンなどが商人たちの手によって市内や近隣省へと運ばれていった。

 今も市場の狭い通路には色とりどりの商品が並んでいるが、かつての売買の賑わいは遠のいた。残っているのは、徐々に色あせていく記憶の一部をつなぎ留めるかのように、静かにこの地に踏みとどまる商人たちの姿だ。

 市場の狭い通路の中で、リー・カー・クアンさん(女性・42歳)の店は、赤や青、紫のレースが壁一面に積み重なり、ひときわ目を引く。面積4m2余りの店の片隅で、クアンさんは絡まった糸を手際良くほどきながら、ずれたレースの束を整える。優しい声には、誇りと、こみ上げるような思いがにじんでいる。

 「この店は、母が残してくれたものなんです。当時、母は本当に苦労していました。朝早くから台車を押して市場へ行き、夜は帳簿を付けて計算をしていました。私は小さいころから母について市場に出かけ、18歳のときに正式に店を任されました」とクアンさんは語る。

 当時のダイクアンミン市場はいつも賑わい、客は糸やリボンを求めて押し合いへし合いしていた。市場が位置するチャウバンリエム(Chau Van Liem)通りの一帯には、小さな縫製工房から聞こえるミシンのリズミカルな音が響き渡っていた。

 「母は、ご飯を食べながらお客さんに商品のアドバイスをするなんてこともありました。一方の私は、商品を運んだり、あちこちへ配達に走り回ったりしていました」とクアンさんは振り返る。

 客足がめっきり減った今、クアンさんは繰り返しこう願っている。「もし母が生きていたら、この場所が今、どれだけ変わってしまったかを見せてあげたかったです。でも、今でも私はこの店を守り続けています。母の一部を、そして自分の子ども時代の一部を守るかのように」。

 以前のクアンさんの店の主な客は、アオザイやウェディングドレスの仕立て屋や、ブティックだった。しかし、縫製産業が活況を呈し、オンライン市場が発展するにつれて、常連客は次第に減っていった。

 「昔は1日で数千万VND(1000万VND=約6万円)を売り上げるのが当たり前でした。でも、今では1週間の売り上げですら店の賃貸料に届かないこともあります」。

 自分で縫製するために副資材を買う若者は少なくなり、安く早く便利に手に入る既製品が選ばれるようになった。世の中の変化とともに、かつて賑わった市場には、重苦しい静けさが漂う。

 数店舗先では、キム・フオンさん(女性・56歳)の店が、数十年前と変わらず明かりを灯している。頭上まで積み上がった「副資材の山」の中で、フオンさんはちょこんと座り、オレンジ色のレースを器用に巻く。その眼差しは、周囲のすべてに黄金時代の面影がそのまま残っているかのように真剣だ。

 「昔は、商品の受け取りを待つお客さんの列が何十mにも伸びていました」と、少しの誇りと少しの寂しさが入り混じった声でフオンさんは語る。「私と夫は、毎晩数時間だけ寝たら起きて、商品の仕入れや配達の準備をしていました。配達が終わるころには空が明るくなり、そのまま市場に戻ることもありました」。

 今では客はまばらだが、フオンさんは毎日欠かさず店を開ける。しかし、客がまったく来ない日もある。「今の若い子は、縫製なんてあまりしません。既製服の方が安く早く手に入る世の中ですから」と、フオンさんはため息をつく。

 それでも、フオンさんは店を畳むつもりはない。「この市場は私の青春そのものです。辞めたら、きっと寂しくてたまらないでしょう。ここには昔からの仲間がいて、話し相手がいます。家に1人でいるのは耐えられません」。

 ダイクアンミン市場は、単に縫製副資材を売買する場所ではない。ここは、幾世代にもわたる商人たちの思い出が詰まった場所でもあるのだ。

 クアンさんにとって、棚に並んだレースやリボンの束1つ1つにそれぞれ思い出がある。「母が生きていたころ、常連のお客さんが店に入ってくると、本当にうれしそうでした。母はお客さんにいろいろと質問をして、商品を選んであげていました。今も足を運んでくださるお客さん、そして糸やリボンの1つ1つを見るにつけ、母がまだここにいるような気がするんです」と、クアンさんは言葉を詰まらせる。

 フオンさんも同じだ。客のいない日は、静かにビーズの袋のほこりを払い、リボンの束を整える。「商品をきちんと整えておくことが、自分の仕事を守ることでもあるんです」と、フオンさんは寂しげに笑う。

 クアンさんはこう語る。「母はこの店を血肉の一部のように残してくれました。私は、この店を手放すことはできません。裕福にはなれなくても、この仕事は私に喜びと思い出を与えてくれます。若い人たちには、せめてときどき市場に足を運んで、リボンを1本でも、レースを少しでも買ってほしいと思います。何かを縫うためでなくてもいいんです。サイゴンにかつてこんな場所があったということを知ってほしいんです」。

 クアンさんのこの言葉は、優しくも奥深いメッセージだ。なぜなら、クアンさんやフオンさんのような人々が、商売である以上に、この騒がしく賑やかな都市の記憶の一部を背負っているからだ。

 客が少なくなっても、市場の中の人情は、丈夫な糸のように商人たちを結び付けている。朝になると、クアンさんは母の友人でもあった年配の女性たちの店を含めて、仲間の店をあちこち回り、ちょっとした会話を交わす。

 夕方には、フオンさんも近くの店を訪れ、仲間と一緒に冷たい飲み物を飲んでおしゃべりをしたり、前日に売れ残ったリボンを分け合ったりする。「この市場の人情は本当に貴重です。市場が暇なときも、寂しいときもありますが、情だけは決して失われません」とフオンさんは話す。

 夕暮れ時、ダイクアンミン市場の人影が薄れていくころ、薄暗く黄色い灯りが色鮮やかな店の並びを照らしている。市場の片隅で、クアンさんは背もたれに寄りかかり、遠くを見つめている。「いつか市場がなくなったら、自分の人生の一部も失われてしまうような気がします」。クアンさんは消え入りそうな声でささやく。

 向かいの店では、フオンさんが色とりどりのリボンを黙々と巻いている。「体力が許す限り、商売を続けるつもりです。お金のためだけじゃありません。ここにいれば、自分が生きていると感じられますから」。時の流れとともに刻まれたしわのある笑顔で、彼女は静かにほほ笑んだ。

ダイクアンミン市場

 ダイクアンミン市場は、ホーチミン市チョロン街区(旧5区15街区)チャウバンリエム通り31-33番地に位置する。

 ダイクアンミン市場は、ホーチミン市の中でも大規模かつ歴史のある縫製副資材の集積地として知られている。当初はボタンや糸、ファスナー、リボンを扱う小規模な店舗がいくつか集まっているだけの小さな市場だったが、後に数百の店がひしめき合う専門の市場へと発展した。

 現在は約200店舗の店が軒を連ね、縫製工場や衣料品店、ファッションデザイナーに向けてさまざまな縫製関連の副資材を供給している。市場は主に早朝から夕方まで営業し、観光客向けの小売はほとんど行わず、卸売に特化して多くの省・市に商品を供給している。

 市場のインフラはこれまでに何度も改修されてきたが、市場は依然として狭く、混雑しており、周囲は渋滞も起きやすい。しかし、商業施設との競争にさらされながらも、縫製業界の関係者にとっては今もなお馴染み深い場所となっている。

 多くの人々の記憶の中で、ダイクアンミン市場はサイゴンの縫製文化と深く結びついた特別な商空間として刻まれている。 

[Thanh Nien 04:30 25/10/2025, A]
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