[特集]
ハノイ郊外の村落で口承される独自の「隠語」、200年の歴史
2026/03/22 10:12 JST更新
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ハノイ市郊外のダイスエン村(旧フースエン郡)ダーチャット村落の人々は、ベトナム語の標準語とは別に、かつて竹臼作りの技術を秘伝として守るのに役立った何千もの隠語から成る独自の言語を持っている。
ニュエ川のほとりにあるダーチャット村落の喫茶店では、時折、聞き慣れない会話が飛び交う。よそ者が聞くとまるで「外国語」のようだが、その起源は、純朴な農民たちにある。それが、この地域特有の隠語「トイスオン(Toi Xuon)」だ。
「私の村落の人々は、本では学びません。トイスオンは、伝統を守るために口承でしか伝えられていないんです」と、村落で最もトイスオンに堪能なグエン・バン・ギンさん(男性・67歳)は話を切り出す。この言語は、彼が幼い頃、父親や叔父たちについて北部地方の各省へと臼を作りに同行していた時から、彼の血肉に染み込んでいる。
ダーチャット村落の隠語は、籾すり用の竹臼を作る職業から生まれた。19世紀初頭、村落の職人たちは、東北部地方の旧ハザン省やトゥエンクアン省、西北部地方の旧イエンバイ省まで出向いて仕事をした。
通常、1回の旅は数か月に及び、各チームには「親方」と「二番手」が1人ずつ同行した。そして、他郷の地で、技術の秘密と互いの安全を守るため、職人たちは独自のコミュニケーション体系を作り出したのだ。
竹の香りが立ち込める工房の中で、隠語は暗号のような役割を果たしていた。助手が仕事でミスをすれば、親方は隠語を交えて注意する。この独自の言葉は、仕事のミスを正すと同時に、家主の前で職人の体面を保ち、誤解を招くことなく価格の交渉をするのにも役立った。
ギンさんにとって、隠語は同郷の者を見分ける合図でもある。「あちこちを放浪していても、この言葉を話すのを聞けばすぐに自分の村落の者だとわかりますし、肉親のように親しみを感じます」とギンさんは語る。
しかし、ダーチャット村落の人々の暗黙の了解として、隠語は仕事やデリケートな事柄にのみ使用し、人をからかったり不正なことをしたりするためには決して用いない。
隠語は工房から人々の生活の中へと浸透し、言葉遣いをやわらかくする文化的な「フィルター」となっていった。
グエン・バン・フオンさん(男性・66歳)によると、トイスオンはベトナム語の文法を借用しているが、独自の語彙体系に置き換えられている。
例えば、「美しい」は標準語の「デップ(dep)」に代わって「チョアン(choang)」と言い、「美しい家」は標準語の「ニャーデップ(nha dep)」に代わって「ベットチョアン(bet choang)」となる。「かわいい女の子」は標準語の「ガイシン(gai xinh)」に代わって「ニャットチョアン(nhat choang)」と言う。
「力を使う(標準語:ズンスック=dung suc)」を意味する動詞の「サン(xan)」は柔軟に変化し、「臼を作る(標準語:ドンコイ=dong coi)」は「サンブ(xan vu)」、「農作業をする(標準語:ラムズオン=lam ruong)」は「サンディア(xan dia)」となる。
数を数えるシステムも独特で、「1(標準語:モット=mot)」は「ニャット(nhat)」、「2(標準語:ハイ=hai)」は「ニ(nhi)」、「3(標準語:バー=ba)」は「タム(tham)」などとなる。
さらに今日では、時代に合わせて新しい言葉も生み出されている。例えば、「バイク(標準語:セーマイ=xe may)」は「スオンモー(suon mo)」、「時計(標準語:ドンホー(dong ho)」は「スオンニャット(suon nhat)」、「飛行機(標準語:マイバイ(may bay)」は「スオンシーティエン(suon xi thien)」といった具合だ。
ダーチャット村落の隠語をこれほどまでに神秘的なものにしている特異な点は、その地理的な限定性にある。チャン・バン・フインさん(男性・68歳)は、この村落の出身者だけがトイスオンを流暢に話し、理解できるのだと断言する。「他の土地へ嫁いだ女性も、しばらくすると忘れてしまいます。隣の村落の人でさえ解読できないんです」と彼は語る。
この「内部のみで通じる」という隠語の特性こそが、2世紀にわたってダーチャット村落のアイデンティティを守る盾として機能してきたのだ。
しかし、その盾も時の流れとともに徐々に薄れつつある。2000年代初頭から工業用の精米機が登場し、手作業による竹臼作りの職業は衰退の一途を辿っている。これにより、トイスオンが生きる環境も狭まりつつある。
「職業がなくなれば、言葉も失われてしまうのではないかと恐れています」と、村落長のグエン・バン・トゥエンさん(男性)は嘆く。1500人の人口のうち、現在もトイスオンを流暢に話せるのはわずか40%程度で、その大半が50歳以上だ。
現在でも高齢者たちはこの言語を記憶しているが、多くは健康状態が思わしくなく、移動やコミュニケーションが制限されているため、使用する機会も限られている。また、進学や出稼ぎで故郷を離れた若者たちは、トイスオンを聞いて理解することはできても、積極的に使うことはない。
「隠語はもともと口承の言語なので、実際のコミュニケーションで使用する環境がなければ、『馬に乗って花を見る』ようなもので、表面的な理解にとどまってしまいます」とトゥエンさんは語る。
トイスオンが途絶える危機を感じた文化情報省(現在の文化スポーツ観光省)は2006年、村落の高齢者たちに語彙の収集と編纂を依頼し、書籍として出版した。2007年に出版された「ダーチャット村落の民間文化(Van hoa dan gian lang Da Chat)」という書籍には、200以上の隠語の発音が記録されている。
そして2016年、ダーチャット村落のトイスオンは、ハノイ市の無形文化遺産に登録された。
2025年末に更新された無形文化遺産目録によると、ダーチャット村落の隠語の起源は19世紀初頭で、これは阮(グエン)朝(1802~1945年)の地理書「大南一統志(Dai Nam nhat thong chi)」に記されている籾すり臼作りの職業が発展した時期とも一致する。
最初は職業上の活動を説明するための専門用語だったが、その後、生活のあらゆる場面へと広がっていった。言語学の専門家やハノイ市文化スポーツ局はこれまでに何度も調査を行い、トイスオンは高い歴史的価値を持つ、ベトナムでも唯一無二の貴重な遺産であると評価している。
ギンさんやフオンさんのような人々にとって、隠語は単なるコミュニケーションの手段ではない。「慌ただしい日々の生活の中で、トイスオンのちょっとした挨拶や忠告が飛び交うことは、ここが首都で最も貴重な遺産の1つであることを思い出させてくれるんです」とギンさんは語った。
[VnExpress 06:00 19/02/2026, A]
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