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[特集]

フランス人が建設した築140年の給水塔とサイゴンの水道史

2026/05/03 10:04 JST更新

(C) thanhnien
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 ホーチミン市の中心部には、築140年以上の給水塔が今も存在している。この建築物は、19世紀末にフランス人によって建設された最初の給水システムの一部で、都市形成の初期からサイゴンの人々に水を供給する上で重要な役割を果たしていた。

 多くの歴史的変遷を経て、給水塔は稼働を停止したが、昔の都市インフラの希少な痕跡として今も保存されている。

 今日、この建築物は建築的価値を持つだけでなく、ホーチミン市の給水システムの基盤を築いた時代の記憶をとどめている。

初期の給水システム

 ホーチミン市の水道事業を担うサイゴン水道総公社(サワコ=SAWACO)の情報によると、1862年にサイゴンで都市給水システムの最初の設計案がフランス人によって承認された。そして1880年までに、フランス人はサイゴンで最初の給配水システムを稼働させた。

 現在のスアンホア街区(旧3区)のホーコンルア(Ho Con Rua=亀湖)の場所に建設された地下水汲み上げシステムは、当時の公共事業局長だった土木技師の名前にちなんで「テブネ」と名付けられ、1日に1000~1500m3の水を都市の住民に供給する能力があった。

 その後の数年間、フランス政権はサイゴン・チョロン地区に水を供給するため、フランス語で「カプタージュ(Captage)」と呼ばれる一連の集水施設(浅井戸群)を建設した。

 1884年には「ブランスベ」と「マクマオン」という2つの集水施設を追加で建設し、1896年にはズイタンポンプ場を建設した。さらに1898年には、チョロン地区に水を供給するため、チョロンとタンフンにも集水施設を建設した。

 これらの集水施設の中でも、ブランスベとマクマオンの2つは特に重要だった。そのため、これらの集水施設の名前は、当時のフランスの有力者2人の人物にちなんで付けられた。「マクマオン」は1873年から1879年までのフランス大統領、「ブランスベ」はかつてのサイゴン市長だ。

 これらの集水施設は、複数の浅井戸からなる。それぞれの井戸は直径が1.6~2.2m、深さが13~22mある。井戸の壁は当初レンガで造られていたが、後に鉄筋コンクリートで作られるようになった。

 通常、1つの集水施設には10~20の浅井戸がある。集水施設システム内の浅井戸は円形に配置され、中央にある井戸に水を集める仕組みになっている。中央の井戸から汲み上げられた水は、処理・消毒され、貯水池や給水塔にポンプで送られるか、配水管を通して利用者に直接送られた。

 ブランスベの集水施設の痕跡については、現在のベンタイン街区(旧1区)の統一会堂前の公園とタオダン公園にいくつか浅井戸が残っている。マクマオンの集水施設は、現在のスアンホア街区(旧3区)のボーバンタン通りにある公園にいくつか浅井戸が残っている。ここはファンディンフン競技場の建設予定地でもある。

 一方、現在のボーバンタン通りにあるズイタンポンプ場は後に改修され、床が張り替えられて、サワコのオフィスとして使用されている。また、ザーディン公園の敷地内にあるゴーバップ集水施設の中央井戸システムも改修され、床が敷き直されて、サワコの子会社であるチュンアン水道社(Trung An Water Supply)の修繕施工チームの作業スペースとなっている。

ホーチミン市最古の給水塔の誕生

 亀湖の場所には、かつて2つの給水塔が建っていた。1つは1878年に建設され、1921年に取り壊された。もう1つは1886年に建設され、現在はサワコの敷地内にあり、今日まで保存されている。現在、この給水塔はホーチミン市の建築遺跡として認定されている。

 1886年に建設されたこの給水塔は貯水塔で、20世紀初頭にフランス人によって建設された、サイゴン・ザーディン・チョロン地区の人々に生活用水を供給するシステムの一部だった。

 給水塔は楕円形にデザインされており、高さ約25m、直径約10mの3階建てだ。給水塔の外側は、厚さ1.6~2mの壁が2つの巨大な貯水槽の荷重を支えている。

 基礎部分は、耐久性のある花崗岩が何層にも重なって造られている。正面の扉は高さが2m以上あり、彫刻が施されている。さらに、一連の扉、窓、模様が彫られた約20の換気口がある。このうち5つの換気口にはファンが取り付けられている。

 2階の屋根の上には、容量1000~1500m3の大きな円形のステンレス製水槽がある。給水塔が稼働していた頃、雨季には各井戸から中央の井戸に水が流れ込んだが、乾季には機械を使ってポンプで汲み上げる必要があった。

 建設当初から、給水塔はサイゴンの人々へ水を供給し、水量を調整する上で大きな役割を果たしていた。この建築物は1930~1940年代に一度稼働を停止したが、その後、サイゴンが水不足に陥った際の予備の給水システムとして使用された。長期間にわたってその「使命」を果たした後、給水塔は1965年から現在に至るまで完全に稼働を停止している。

 これは、過去140年間にわたって存在している建築物であり、ホーチミン市に残るフランス人の古い建築遺跡の1つでもある。

 2014年3月28日、ホーチミン市人民委員会は、給水塔を市級の芸術建築歴史文化遺跡として認定する決定を下した。現在、給水塔の内部はサワコの伝統展示室として改装され、ホーチミン市の水道事業やサワコの歴史などに関する約250点の資料が展示されている。 

[Thanh Nien 06:07 19/04/2026, A]
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