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[特集]

半世紀の時を超え、古びた水筒が導いた兵士の帰郷

2026/05/10 10:38 JST更新

(C) thanhnien
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 北中部地方クアンチ省の「火の土地」に眠ること半世紀以上、烈士(戦死者)であるチャン・ミン・トゥエンさんは、親族によって故郷へと連れ帰られた。トゥエンさんの帰郷への旅は、50年以上も地中に埋もれ、変形しながらも「トゥエン(Tuyen)」という文字を留めていたアルミニウム製の水筒から始まった、まさに奇跡的で神聖な出来事だった。

水筒の発見と最初の希望

 2025年4月、クアンチ省ナムハイラン村(xa Nam Hai Lang)にあるカウニー橋で烈士の遺骨収集任務を行っていた際、クアンチ省軍事指揮部所属の第584烈士遺骨収集隊は2柱の烈士の遺骨と多数の遺品を発見し、発掘した。

 それらの遺品の中には、半分以上が変形したアルミニウム製の水筒があった。時の流れで変形し、古びた様子でありながらも、奇跡的に残された部分には「トゥエン」という文字と「170071」という数字がはっきりと刻まれていた。その小さな文字が、この地に眠る兵士の身元特定への最初の希望の光を灯したのだった。

 発掘後すぐに、第584烈士遺骨収集隊とクアンチ省内務局は身元確認作業を開始した。そして、かつてカウニー地域で戦闘に参加した第308師団の退役軍人たちの情報から、これが旧タイビン省(現在の北部紅河デルタ地方フンイエン省)出身のトゥエンさんの遺骨と遺品である可能性が浮上した。

 しかし、確認作業を進める中で別の可能性も開かれた。第308師団第88連隊第6大隊に所属し、カウニー地域で犠牲となった烈士の記録によると、「トゥエン」という名前の烈士はチャン・ミン・トゥエンさんだけでなく、北中部地方タインホア省出身のファム・バン・トゥエンさんもいたのだ。

 名前の重複により、身元特定は行き詰まってしまった。烈士の遺骨の身元確認作業はやむを得ず中断され、遺骨はジエンサイン村(xa Dien Sanh)のハイラン烈士墓地に埋葬された。

 全てが困難に思われたが、ある偶然の出来事が、水筒の持ち主を故郷へと導く道しるべの鍵となった。

鍵となった軍人手帳

 身元確認作業が一時中断されていた2025年7月、ハノイ市で在ベトナム米国大使館が戦時中に米兵が押収したベトナム部隊の遺品の返還式を実施した。その中には、政治将校のレ・タイン・ハイさんがかつて所有していた1971年の軍人手帳が含まれていた。この手帳はその後、退役軍人で現在は第308師団政策活動団連絡副委員長を務めるチャン・ゴック・ヒエンさんの手に渡った。

 「手帳には、1972年5月26日にカウニー地域で起きた、第308師団第88連隊第6大隊とサイゴン政権軍の戦闘で犠牲となった93人の烈士の情報が記載されていました。以前、第584烈士遺骨収集隊がこの地域で遺骨と遺品を収集したと聞いていたので、すぐに手帳の情報をクアンチ省内務局に送り、確認を依頼しました」とヒエンさんは語った。

 古い手帳に半世紀以上保存されていた文字から、第584烈士遺骨収集隊、クアンチ省内務局、クアンチ省警察刑事技術部、ジエンサイン村人民委員会などの関連機関は身元確認作業を再開した。軍人手帳の情報、第308師団の烈士記録、そして水筒に刻まれた文字を照合した結果、激戦地で散った兵士の身元がついに明らかになった。

 水筒の持ち主は、1952年生まれ、旧タイビン省タイトゥイ郡出身のチャン・ミン・トゥエンさんだった。トゥエンさんは1970年8月に入隊し、認識番号「170071」を持つ、第308師団第88連隊第6大隊第9中隊に所属する衛生兵だった。トゥエンさんは1972年5月26日、戦火が交錯するカウニーの戦場で負傷した戦友を救うために陣地に飛び込み、犠牲となった。

故郷への帰還と遺品の寄贈

 2026年初め、クアンチ省内務局は、ハイラン烈士墓地のG4区画にある第1955号墓の遺骨がトゥエンさんのものであると認定する決定を下した。同時に、関連機関に対して墓石の情報を彫り直し、烈士の家族へ通知書を送るよう指示した。

 知らせを受けたトゥエンさんの弟のチャン・ダイ・ズオンさん(67歳)は、半世紀以上を経てようやく兄が眠っている場所を知ることができ、胸がいっぱいになった。

 3月27日、全ての手続きが完了した後、ズオンさんの家族はトゥエンさんの遺骨を故郷へ持ち帰って埋葬するため、数百kmの道のりを経てジエンサイン村へと向かい、村人民委員会と第308師団の退役軍人たちと共に発掘の儀式を執り行った。

 ズオンさんは墓の傍らに座り、兄の遺影を見つめながら、兄の墓を見つけることは母親が亡くなる前に言い残した遺言だったと語った。そして、遺影に向かって「兄さん、帰ろう」と声をかけた。

 「私の家族は5人きょうだいで、トゥエン兄さんは長男です。兄が入隊した時はまだ20歳になったばかりで、兄は家庭を持つこともありませんでした。兄が見つかったという知らせを受けた日、家族も親戚も皆、言葉を詰まらせながらも喜びました。母は亡くなる前、兄の墓を何としてでも見つけるようにと私たちに言い残しました。何年も絶望の中で探し続けてきましたが、今、ようやく兄の墓が見つかりました。兄を故郷に迎えて供養し、先祖のもとへ帰してあげたいと思います」とズオンさんは感極まった様子で語った。

 烈士を故郷へ連れ帰るという願いが叶った後、家族はトゥエンさんとの再会のきっかけとなった遺品の水筒をクアンチ省博物館に寄贈することを決めた。そこには、かつての兵士の物語がこれからの世代へと語り継がれていくことへの願いが込められている。

 半世紀以上の時が流れ、かつての凄惨な戦場は今や平和の緑に覆われている。変形した1つの水筒と古い軍人手帳、そして多くの機関の努力により、絶望的と思われた捜索の旅は、神聖かつ意義深い再会をもって、ついに幕を閉じたのだった。 

[Thanh Nien 05:35 31/03/2026, A]
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