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[特集]

「サイゴン」から「ホーチミン市」へ、改名までの歴史をたどる

2026/07/05 10:39 JST更新

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(C) znews
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 2026年7月2日、旧地名「サイゴン・ザーディン」が故ホー・チ・ミン主席の名を冠した「ホーチミン市」に改名されてから50周年(1976年7月2日~2026年7月2日)を迎えた。しかし実のところ、サイゴンは統一前から一部で「ホーチミン市」と呼ばれていた。

 1946年に南部の人々が署名した決議で、サイゴンをホーチミン市に改名することが提案された。それ以来、この名称は人々の間で象徴的な意味を持ち続けてきた。

 1976年7月2日、統一後初の国会が、サイゴンの名称をホーチミン市に改めることを全会一致で決定した。しかし、その30年前から、多くの人々はこの都市を「ホーチミン市」と呼び、その名称に思いを託していた。

1946年、南部代表団のハノイ市への旅

 1946年8月25日、南部代表団がハノイ市に集まった。この集まりで、軍医局のチャン・フウ・ギエップ医師は、サイゴンをホーチミン市に改名することを提案した。57人がこの意見に賛成し、一行は改名を求める決議案に署名し、政府に送付した。

 決議には次のように記されている。「国会と中央政府に対し、南部の人々の戦い、犠牲、祖国への帰還の固い決意の象徴として、サイゴンの名称をホーチミン市に直ちに改めるよう要望する」。

 署名した57人の中には、ギエップ医師のほか、後に軍医局の副局長を務めたグエン・タン・ジー・チョン医師らも含まれていた。

 1946年8月27日、クウクオック(Cuu Quoc=救国)紙は一面に「サイゴンは今後ホーチミン市に改名される」との見出しを掲載した。1946年8月28日、同紙は続けて「ホーチミン市」という見出しで記事を掲載し、その中で「現在の状況において、その改名の提案は極めて重要な意味を持つ。その提案は、ベトナムの統一を改めて表明するものである」と書いている。

 この報道が広まり、まだ正式には改名されていなかったものの、人々はすでにこの都市をホー・チ・ミン主席の名で呼び始めていた。

1975年以前から広がっていた「ホーチミン市」という名称

 それ以来、新聞、書籍、詩、音楽では、同じ作品の中でも「サイゴン」と「ホーチミン市」の2つの名称がしばしば併用されるようになった。

 1950年に出版された書籍「9月23日(23 thang 9)」には、改名を望む市民の願いが記録されている。また、スタット(Su That=事実)国家政治出版社が1955年に出版した、ベトナム記者協会(Vietnam Journalists Association=VJA)の元事務局長ルウ・クイ・キー氏の著書「愛する南部(Mien Nam yeu quy)」も、サイゴンをホーチミン市に改名する構想に言及している。

 「ホーチミン市」という名称は、その後もたびたび詩や音楽に登場した。1954年、詩人で、後に副首相も務めたトー・フウ氏は「我らは進む(Ta di toi)」という詩の中で、サイゴンを「ホーチミン市」と呼んだ。その詩には「南部へ向かう者よ / ティエンザンへ、ハウザンへ / 都市へ向かう者よ / ホーチミン市へ / 黄金に輝くその名よ」と書かれている。

 1965年頃、音楽家のスアン・ホン氏は、「ホーチミン市の春(Mua xuan tren Thanh pho Ho Chi Minh)」という曲の構想を練り始めた。彼の娘であるホン・ロアン氏はティエンフォン(Tien Phong=先鋒)紙に対し、父が10年間にわたる試行錯誤の末、1975年の春にようやくこの曲を完成させたのだと語った。

 1975年3月には、ダン・チュン氏とカオ・ベト・バック氏によって「ホー・チ・ミン主席の名を冠した都市からの歌声(Tieng hat tu thanh pho mang ten Nguoi)」という曲が誕生した。

黄金に輝く名、ホーチミン市

 「ホーチミン市」という名称は、報道界や文芸界にとどまらず、人々の心の中にも深く根付いていた。

 1975年4月30日、サイゴンの南ベトナム大統領官邸(現在のホーチミン市の「統一会堂」)の正門に2台の戦車が突入し、サイゴンが陥落した。これにより、長く続いたベトナム戦争が終結し、南北の統一が決定的となった。

 その翌日、1975年5月1日の朝には、国内の多くの新聞が歓喜とともにサイゴンを「ホーチミン市」の名で呼んだ。ニャンザン(Nhan Dan=人民)紙やハノイモイ(Hanoimoi=新しいハノイ)紙は、サイゴンとホーチミン市の名称を併用した。

 同年5月には、故ホー・チ・ミン主席の名を冠する都市を題材にした歌曲や詩、記事が次々と生まれた。

 同年5月12日、米国のニュース雑誌「タイム(TIME)」の表紙には、故ホー・チ・ミン主席の写真と南北統一後のベトナムの地図が掲載された。地図の南部には、輝く星とともに「Ho Chi Minh City」と記されていた。

 このように、「ホーチミン市」という名称は、正式な改名前から広く使われ、象徴的な意味を帯びていたことがわかる。

 そして1976年、ベトナム国会はサイゴン・ザーディンを正式にホーチミン市へ改名することを決定し、同年7月2日、「ホーチミン市」が誕生したのだった。 

[Znews 02/07/2026, A]
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