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[特集]

亡き店主の店を守り、知的障がいの「坊ちゃん」を支える2人の女性

2026/09/20 10:34 JST更新

(C) VnExpress
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 店主の一家が次々とこの世を去った後、フン・リンさん(女性)とゴック・リエンさん(女性)は、市場の路地にあるフーティエウ(ベトナム風米粉麺)の屋台を守り、知的発達に遅れのある末っ子の「坊ちゃん」を支え続ける決意をした。

 午後6時、リンさんは、ホーチミン市チョロン街区(旧5区)のサータイ(Xã Tây)市場の路地にある小さな厨房で、スープ鍋の蓋を開ける。夜の営業に向けて、肉や骨、エビ、イカ、牛肉団子、内臓肉、肉詰め豆腐などのトレイを確認していく。

 店の外では、ホー・タン・チーさん(男性・43歳)が路地の角に4卓のテーブルを運び出し、椅子を並べて調味料の瓶を置いている。準備が整うと、布巾を手に取り、テーブルを拭き上げていく。

 「チーは物静かで、動作も少しゆっくりですが、とても働き者ですよ。言われたことは何でもその通りにやってくれます」とリンさんは語る。

 リンさんとリエンさんはともに広東系の華人で、チーさんの両親が営んでいたフーティエウ屋台を1977年から手伝ってきた。2人とも結婚はしておらず、子どももいない。

 現在、リンさんは店から約2km離れたチョロン街区のグエンチーフオン(Nguyễn Tri Phương)通りできょうだいと暮らしている。一方、リエンさんはタンフー街区(旧タンフー区)で親族と暮らしている。

 雇われ人として働き始めた2人は、50年近くにわたり、チーさん一家の大きな支えとなってきた。

 サータイ市場のフーティエウ屋台は、チーさんの祖父の代から続いているものだ。祖父に続いて、チーさんの父親であるホー・トー・ハーさんと母親のトゥエンさんが店を継いだ。

 市場がまだ賑わっていた頃は、毎晩150杯以上を売り上げるほどだった。長年店に寄り添ってきたリンさんとリエンさんに対し、店主夫妻はいつも優しく接し、2人の家族に何かあるたびに手を差し伸べてくれたという。

 ハーさん夫妻には3人の子どもがいた。チーさんは末っ子で、幼い頃から知的発達に遅れがあった。1998年にハーさんが亡くなり、その後、上の子ども2人も2年続けて交通事故で帰らぬ人となった。

 母親のトゥエンさんは、リンさんとリエンさんとともにフーティエウを売り続け、チーさんを育て上げた。

 しかし、2021年にトゥエンさんも心臓病でこの世を去ってしまった。当時、チーさんは簡単な料理を作ったり、自分の身の回りの世話をしたりできる程度で、買い出しや仕込みについては何も知らなかった。

 母親の葬儀後、チーさんは店舗の上にある26m2の屋根裏部屋で一人で暮らすようになった。店は仕切る人がいなくなったため休業し、チーさんは市場の周りをあてもなく歩き、ちょっとした買い物をしたり、行き交う車を眺めたりしてから家に帰る日々を送っていた。

 ある日の午後、リンさんが自転車でサータイ市場を通りかかると、チーさんが宝くじを売り歩いている姿を目にした。人に宝くじをひったくられても、チーさんはただその場に立ち尽くし、呆然とするばかりだった。

 その様子を見たリンさんは、再びフーティエウ屋台に戻り、店を再開して「坊ちゃん」を養うことを決意した。「両親も、兄も姉も亡くなってしまって、私まで見捨ててしまったら、この子は他に誰も頼れる人がいませんから」とリンさんは当時を振り返る。

 リンさんはリエンさんに声をかけて資金を出し合い、さらにチーさんの両親がチーさんのために遺したお金の一部も充てた。屋台の車体やテーブル、椅子、調理器具などは、もともと一家の所有物だった。

 初めの頃、チーさんにできたのはテーブルや椅子を運び、拭き掃除をすることだけだった。その後、2人は持ち帰り用のフーティエウの袋を輪ゴムで縛る作業をチーさんに任せるようになった。チーさんの手つきは遅く、輪ゴムの留め方も緩かったため、何度も解いてはやり直した。リンさんは隣に座り、チーさんが自分でできるようになるまで手取り足取り教え続けた。

 2人はさらに、氷を砕くこと、お茶を注ぐこと、持ち帰り用の袋を準備すること、料理を運ぶことなども一つひとつ教えた。チーさんに任せる作業を毎日一つずつ増やし、チーさんが覚えきれなかった部分は、翌日また最初から教え直した。

 チーさんができることが一つ増えるたびに、リンさんは胸をなでおろす思いだった。

 現在のサータイ市場は、以前ほどの賑わいはない。屋台で売れるのは毎晩40~50杯ほどだ。売上金は食材の仕入れやチーさんの生活費に充てられ、残った利益は3人で均等に分け合っている。客が多い日は日銭が入るが、客足が遠のく日は3人とも収入を得られないまま帰ることもある。

 店の運転資金に充てた分とは別に、チーさんには両親が遺した貯金がある。しかし、リンさんとリエンさんが最も心配しているのは、屋台の収入が不安定で、貯金が思うように増えないことだ。

 2人とも高齢になり、あとどれくらい働き続けられるかも分からない。だからこそ、将来チーさんが自力で店を続けて生計を立てられるよう、食材の仕込みから接客に至るまで、すべての工程を身につけてもらおうと懸命に教えている。

 高齢のため、リンさんは長時間立ち続けると腰の痛みに襲われることが多い。6月のある深夜には、激しい痛みに耐えかねて膝から崩れ落ち、テーブルに両手をついてようやく身体を支えるほどだった。「もう辞めようかと思うこともありますが、チーが一人ぼっちになってしまうのが心配で、翌日にはまた自転車をこいで店に向かってしまうんです」とリンさんは話す。

 一家と50年以上にわたって近所付き合いをしてきたチャン・レ・チャンさん(男性)は、両親が亡くなってからもチーさんが自分で生活を送れているのは、リンさんとリエンさんが導いてくれるおかげだと語る。

 チーさんはまだ銀行サービスを使いこなせないため、客が現金を持っておらずキャッシュレス決済を希望する際には、チャンさんが代わりに送金を受けてチーさんに現金を手渡すなどしてサポートしている。

 「今はまだあの2人が側にいてくれるので、チーさんも頼れる人がいます。ただ、いつか2人が働けなくなった時、彼が一人でどう生きていくのか、それだけが心配です」とチャンさんは語った。 

[VnExpress 05:45 15/09/2026, A]
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