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[特集]

<明日は明日の試合がある>フィリップ・トルシエ(元サッカー日本代表監督) ベトナムで育成世代にサッカー全力指導中【中編】

2019/08/11 05:00 JST更新

(C) Miwa.A
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small>(※本記事はVIETJOベトナムニュースのオリジナル記事です。)

前編 → <明日は明日の試合がある>フィリップ・トルシエ(元サッカー日本代表監督) ベトナムで育成世代にサッカー全力指導中【前編】
 

メンタル、ハングリー精神とサムライ魂

(C) Miwa.A


―――試合の中で“個”が際立つシーンに“ペナルティ・キック(以降PKと表記)”がありますが、相当なプレッシャーがかかることと思います。蹴る選手や順番はどのように決めるのですか。

PKは、どの選手にとってもきついものです。日本代表選手なら、全員誰でも問題なくPKを成功させる技術がありますが、実際に試合の中で入れるのは別のこと。監督として各選手の性格は理解していたので、もちろん私が指名することはできましたが、そうしませんでした。サッカーをやるのは人間です。その時その場で誰がどう感じているか、は本人にしかわからない。私は、試合がPKとなってからその場で、1番に蹴る人は?2番は?3番は?と聞いていった。必ず誰かが名乗り出ました。だいたい思った通りの選手が。立候補するから成功するとは限りませんが、指名してもそれは同じです。しかし、自分で決め責任を負う、それは確実に強さになります。

―――PKだけでなく、サッカーには気持ちの強さも影響すると思いますがどうすればメンタルは強くなれるのでしょうか。

メンタルという語の解釈はいろいろできますが、私は、究極の意味でのメンタルの底には “飢え” があると思います。アフリカでは、サッカーが上手くなることは、「食べていける、家族を養える」ことを意味します。まだ生きることそのものの状況が厳しく、彼らのプライオリティはそっちです。ヨーロッパでも、サッカーは未だに貧しい層のインテリではないスポーツだと見られていて、多くの選手は、「サッカーで成功して社会的底辺から抜け出してやる」という気持ちでいます。日本ではお金を払ってサッカーを学ぶ。アフリカや欧州では、サッカーで生きるためのお金を手にする。逆なんです。だから彼らには、いざとなったら瞬時に相手に刃を突き付けるくらいの、殺気がある。生き残るため、勝つためになんだってやる。そのメンタルの違いが、私は昨年W杯の日本対ベルギー戦(*3)に出てしまったと思います。


*3:2018年W杯決勝トーナメントでベスト8をかけて日本は世界ランキング3位のベルギーと戦う。前半0-0、後半すぐに日本が2点リードするも、終了20分前に1点返され、15分前に同点に追いつかれ、アディショナルタイムに逆転負けした試合。

ベルギー戦はポーランド戦の後のサムライのハラキリ


―――ベルギー戦の逆転負けの要因がメンタル?

日本はベルギーを2-0と圧倒していたのに、リードしてからも自分たちのやり方を一貫して通した。あの試合内容で、最後の20分間に3点入れられて負けるというのは尋常ではないですよ。どんな手を使ってでも勝つために、状況に合わせしたたか、冷静になるのもまたメンタルなのです。それが日本には欠けていました。アンチフェアプレーでも勝つ、という考え方が日本の辞書にはない。

―――しかし、その前のポーランド戦で、時間稼ぎはアンチフェアプレーだ、と批判を受けながら勝ち点を守りましたが(*4)。

まさに、あのポーランド戦のせいです!ポーランド戦のラストは、勝ち残るためのリスク回避をしただけです。なぜ、あそこでリスクを冒して攻める必要がある?欧州のチームだったら、きっと皆日本と同じようにする。ポーランドだってボールを取りにこなかった、なぜ日本だけが非難されるのか。批判は大間違いです。私はずっと、あの戦い方をポジティブに評価してきた。あれもサッカーです。しかし、当の本人たち、選手も監督も、実のところでは納得がいっていなかったのでしょう。その反動があのサムライ魂・・・あれはサムライのハラキリでした。

ハラキリの結果、何が残りましたか?いかに日本がベルギーより良いサッカーをしていたかも、一次リーグでの見事な試合のことも皆忘れてしまいました。残ったのはベルギーに負けた可哀そうな印象だけ。私は本当に腹立たしいのです。日本はベスト8に行くにふさわしい素晴らしいW杯をしていたのに。サムライ魂は心のあり方で、サッカーは頭でやるものです。サッカーに“名誉の死”はない。ああいう状況を冷静にマネージするメンタルを、日本は学ぶべきです。


(C) P.Troussier


「日本での4年間は自分の中でも最も美しいキャリアだった」と語るトルシエ氏は、今でも日本代表の試合をほぼ全てチェックしていて、定期的に試合分析を日本のメディアに寄せている。ベルギーとの試合については、自分のことのようにとても悔しそうに声を大きくして語った。 ひとりの人間として、集団の中でも感情や主張を示すことと、頭で考えて冷静なしたたかさを失わないことは両立する、というトルシエ氏の話は、まさに欧州と日本の文化、道徳の違いの指摘に感じられた。フランス人は、大激論をして怒っているように見えても、本当は冷静で、感情に流されてはいないことが多い。理想と現実をかなり割り切っている。


*4:2018年W杯1次リーグ突破のための最終試合でベルギー戦の直前の試合。ポーランドに1-0でリードされながら同時進行の他の試合の結果により、そのままの点差なら勝ち残れることがわかり、終了前10分を時間稼ぎのボール回しに徹した。会場ではブーイングが起こり、試合を放棄したと、多くの批判があった。


――――――

フィリップ・トルシエ氏略歴

フィリップ・トルシエ(Philippe Troussier)

1955年3月21日、パリ生まれ。

プロのサッカー選手としてフランス国内リーグ所属後、28歳で監督業に転向。1989年にアフリカのコートジボワールに渡り、一部リーグのアビジャンASEC監督就任。1993年コートジボワール代表監督。その後モロッコのリーグチーム、ナイジェリア、ブルキナファソ、南アフリカ代表監督を経て1998年に日本代表監督に就任し訪日。U20代表、U23オリンピック代表監督を兼任。1999年U20W杯準優勝、2000年シドニー五輪ベスト8、アジアカップ優勝、2001年コンフェデ杯準優勝。2002年のW杯で日本代表を史上初のベスト16に導き退任。

その後、カタール代表監督、フランス1部リーグのオリンピック・マルセイユ監督、モロッコ代表監督などを歴任し、訪越前は中国サッカー・スーパーリーグの重慶当代力帆足球倶楽部のスポーツディレクター。2018年8月よりPVF(ベトナムサッカー才能育成基金/Promotion fund of Vietnamese football talents)の技術統括ディレクター。ハノイ市在住。

Twitter:https://twitter.com/sol_beni_3_4_3


次回(後編)は、勝負の世界に生きること、サッカー監督という仕事、数年前から手掛けるワイン造りの話などについてです。

【Text & Photo by Miwa ARAI(ライター)】

 

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