7月はじめの朝、南部メコンデルタ地方アンザン省ティンビエン郡アンフー村に暮らすリエットさんは広さ3000m2の牧草地で、ウシの餌にする、よく伸びた草を刈り始めた。草刈り機を動かすこと15分、十分な量が確保できた。
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草の束を抱いて、クリーム色の体格の良いウシにやる。リエットさんによると、エサは少なすぎてもダメ、多すぎてもダメ。若草だと太りやすく走らなくなるため、古草がよい。ウシには毎日車を曳かせて、鍛錬する。
レース1か月ほど前になると、ウシには鶏卵、粥、蜂蜜、ビール、そして少しばかりの薬を与える。最も大切な日のために、栄養をつけるのだ。
村の競牛場は本番の競牛場より小さいため、何度も何度も走る。練習をする時間はレースと同じ13時。同じ暑さのなかで何度も走っていなければ、本番で勝てっこない。
今から9年前、競牛の調教師になる前は、リエットさんはただの熱心な競牛の観客に過ぎなかった。どんなに応援しても疲れることなどなかったが、我が村がただの一度も優勝カップを持ち帰ったことがなかったことが、悔しかった。
「アンフー村が優勝したなら、あんたをおぶって帰ってやるよ」。隣村の人間にそうバカにされたことをきっかけにリエットさんは、一度優勝したらやめるから、と妻に約束して、ウシを購入したのだった。
2013年に1600万VND(約9万3000円)を出して仔牛を購入、その子を曳きながら「3年後見てろよ!絶対優勝するからな」と啖呵を切った。連れ帰るとさっそく様々な経験者に教えを請い、自分のように還暦を過ぎた人間ではウシを巧く操れないと、騎手の経験豊かなサンさん(52歳)に夢を託した。
サンさんによると、競牛を指導してくれる人は少なく、この職業に就くなら、観察眼があり、度胸を持ち、練習熱心でなければならない。騎手もレースに備えて毎日鍛える。
2頭のウシを操るのは簡単ではない。しかも騎手は、時速80kmで走るウシが曳く、幅30cm、長さ90cmの鍬の上に立っていなければならない。「ウシもヒトを見て態度を変えるから、厳しくしなきゃ言うことなんてきいてくれないよ」とサンさんはその秘訣を語る。
普段の練習以外に戦術も欠かせない。レースが始まる前には競争相手に探りを入れる。この組はウシは強いが騎手は下手、あの組は騎手は巧いがウシは弱い、相手によって戦い方を変える。参加するウシは合計64組、優勝はトーナメントで争う。弱い相手には体力を温存しながら走り、強い相手なら最初から飛ばしてゴールまで一気に駆け抜ける。
一番大変だったのが2019年大会だ。リエットさんチームは1頭が足を負傷、いざ出走という時には3本足で立っている状態だった。リエットさんは騎手と相談して痛み止めの薬をウシに塗った。それが奏効してか、少し走ってみるとウシの足は元通り、そのまま優勝カップをかっさらった。
リエット・サン組はレースに挑むこと4回、優勝3回、2位1回という戦績を誇る。戦果は、サンさんが賞金をとり、リエットさんが賞品をとって、テレビ1台とバイク2台を手にしている。「2台とも乗ってますよ、売る気なんてさらさらないみたい。3回も優勝して、やめるわけないでしょう」とリエットさんの妻マットさんが笑う。
新型コロナで2年の休戦。サンさん、リエットさん、そして100人近くの競牛家たちが、2022年のレースを今か今かと待ちわびている。
このアンザン省バイヌイ(Bay Nui)の競牛祭は、毎年旧暦8月29日から9月1日に開かれる少数民族クメール族の「セネドルタ(Sene Dolta)祭り」のなかで催される。