翌日、ザンさんはトゥオンさんを抱いてクチ郡の教育当局へ出向き、インクルーシブ教育を受けさせてもらえるよう直訴した。「私の子どもは手足に障がいがあるだけで、知能の発達は正常です」と母親は訴えた。トゥオンさんはその後、自宅近くの公立幼稚園への入園が認められた。
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小学1年生になった日、トゥオンさんが皿の上に座り、お尻をずらしながら移動しているのを見たロイさんは、小さな板の底に4つの車輪を取り付けた台車を作った。
トゥオンさんはその上に座り、左右の上腕を使って自力で移動できるようになった。教室では、からかわれるのを避けるため、トゥオンさんはよく1人で隅に座っていた。
文字を書く練習を始めた頃、トゥオンさんは口にペンをくわえようとしたが、ペンは何度も口から落ちた。
慈善団体の支援でハノイ市へ行き、義肢を装着してもらったものの、硬いプラスチック製で、締め付けられるうえに熱がこもり、不快感があったため、使うことができなかった。
自宅に戻ると、トゥオンさんは自ら左右の上腕の間にペンを挟み、ぎゅっと力を込めて固定する方法をあみ出した。5分ほど書き続けると両腕が疲れ果て、母親がマッサージをしてから練習を再開した。
5週間以上を経て、ようやく最初の文字が形になった。左右の上腕で物を挟む要領で、トゥオンさんはスプーンの持ち方、自力での入浴や掃除の仕方も身につけていった。
「『お父さんとお母さんは、いつまでもあなたのそばにいて面倒を見てあげることはできないから、自分で身の回りのことができるようになりなさい』と、母からいつも言われていました」とトゥオンさんは振り返る。
トゥオンさんの自立心は、2022年に一家が苦境に陥った際、家族の大きな支えとなった。ザンさんが交通事故に遭い、肋骨と足を骨折した上、脊椎を損傷し、6回もの手術を受けることになった。
一家は治療費を工面するため、飼っていた牛をすべて売らなければならなかった。同じ時期、ロイさんは工場での仕事を失って建設作業員に転職した。長女はすでに結婚し、実家を離れていた。
母親が退院した日、トゥオンさんは自ら台所に立ち、サヤインゲンの炒め物を作った。まな板の上にサヤインゲンを1本ずつ置き、口で包丁の柄をしっかり固定して両端を切り落とすと、左右の上腕でスプーンを挟んでフライパンの具材を炒めた。







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