ベトナムで最初の女性医師、アンリエット・ブイ・クアン・チエウ

2020/03/01 05:31 JST配信

 例えば、病院長がフランス人だった時、病院長はアンリエット女史にワンピースを着るよう求めた。理由は、ワンピースを着ればフランス人の同僚から尊敬と平等の意を示してもらえるが、そうでなければ産科医でなく助産師としてしか見てもらえないから、ということだった。しかし、アンリエット女史は自尊心と民族の誇りからその要求を拒否し、ベトナム人の服を着続けた。

 アンリエット女史は44年間のキャリアの中で、ベトナムで働くこともあれば、トレーニングのためフランスへ渡ることもあった。1957年には日本にも行き、産科に応用するため鍼治療の技術も学んだ。1961年からはフランスに拠点を移し、自身のクリニックで診療を行った。

 1970年にベトナムへ帰国すると、東北部地方フート省の病院の小児科と産科でボランティアとして奉仕することを志願した。1971年には再びフランスへ戻り、1976年まで仕事を続けた。その後、2012年4月27日にパリで逝去した。106歳だった。

 私生活では、父親の取り計らいにより、立憲党員であり弁護士であるブオン・クアン・ニュオン(Vuong Quang Nhuong)氏と結婚した。当時、この結婚は国民から注目を集めた。しかし、2人は人生における共通のものを見つけ出すことができず、1937年にわずか2年間の結婚生活にピリオドを打った。

 その後、1960年代初頭にフランスにいた頃、グエン・ゴック・ビック(Nguyen Ngoc Bich)氏と出会い恋に落ちたが、ビック氏は咽頭がんを患い2人が夫婦になって数年後に逝去した。

 仕事に献身的に取り組んだだけでなく、アンリエット女史は当時のテスタール(Testard)通り28番地にあった私邸を、サイゴン大学研究所傘下のサイゴン医科大学のキャンパス用に寄付した。現在、この場所はホーチミン市3区ボーバンタン(Vo Van Tan)通りの戦争証跡博物館の一部となっている。

前へ   1   2   3   次へ
© Viet-jo.com 2002-2026 All Rights Reserved 利用規約 免責事項

新着ニュース一覧

 和歌山県紀の川市は7月9日(木)、南中部地方ダナン市人民委員会との間で、「友好関係及び相互協力の促進...
 ベトナムの金融経済情報サイト「カフェエフ(CafeF)」が24日に発表した「2025年の納税実績を基にした国...
 タイ王国海軍のナレースワン級フリゲート「ナレースワン(HTMS Naresuan)」が25日、ホーチミン市のニャ...
慣れない海外生活、急病や事故
何かあってからでは遅い!
今すぐ保険加入【保険比較サイト】
 かつてベトナム共和国(南ベトナム)のゴ・ディン・ジエム政権下で「生き地獄」と恐れられ、多くの愛国者...
 資産運用会社のアモーヴァ・アセットマネジメント株式会社(旧社名:日興アセットマネジメント株式会社...
 港湾運送事業や倉庫業などを手掛ける総合物流企業の名港海運株式会社(愛知県名古屋市)のベトナム現地法...
 政府は8月19日、サイバーセキュリティ・個人情報保護分野における行政違反に対する処分に関する政令第3...
 ハノイ市人民裁判所は24日、元労働傷病兵社会省次官のグエン・バー・ホアン被告(男・59歳)や、内務省傘...
 建設省の2026年4~6月の住宅・不動産市場レポートによると、新法の施行に伴い法的障害が解消され、商業...
 国会は24日の臨時会合で、投資法の一部を改正・補足する法律を賛成多数で可決した。同法は2027年3月1日...
 地場テクノロジー企業のワンマウントグループ(One Mount Group)が展開する小売店向け流通プラットフォ...
 韓国の航空会社であるアシアナ航空(Asiana Airlines)が、査証(ビザ)不所持を理由にベトナムへの入国を...
 南部メコンデルタ地方カントー市在住の男性(53歳)が、ハノイ市のベトドク(越独)友好病院で、大腸の一部...
 電子商取引(eコマース=EC)によるファッションモールを展開する韓国のムシンサ(MUSINSA)はこのほど、ベ...
 第16期(2026~2031年任期)国会の第1回臨時会議が24日、2期に分けて行われた計17日間の会期を終えて閉幕...
トップページに戻る