東南部地方ビントゥアン省のフークイ島には、古くから結婚式をしないという慣習がある。私たちは2006年の末に島を訪れ、グエン・ティエン・タムとチャン・ティ・ミーの若い夫婦にインタビューした。仲の良い2人に結婚式はいつしたのかと尋ねたところ、夫のタムが突然笑い出し、「島では結婚式はしないんだ。この島でそんなことを聞いたら笑われるよ」という。私たちが驚いていると彼はこう言った。「これは島の慣習なんだ。信じられないようなら年長者に会わせてあげよう」
タムは年配の夫婦のところに連れて行ってくれた。フーアン村に住む56歳の男性グエン・ヴァン・ヴァンさん夫妻だ。この島では普通、男は海の仕事、女は浜の仕事をする。2人の結婚の意志が固まったら両親に報告する。男性側の両親は仲人を立てて女性側の両親に結婚の申し入れを行う(これは「結納」に相当する)。女性の両親が承諾し結納が成立すると、その日から2人は正式な夫婦と認められる。その晩は男性が女性の家に泊まり(島では成人した女性は一人部屋を与えられる)、いわゆる「初夜」を迎えることになる。その後は、それぞれ昼間は自分の両親の仕事を手伝い、夜になると夫が妻の家に泊まりに行く。お互いの家で何か用事(宴会や家の建築など)があるときには、妻の家は夫を、夫の家は妻を「借りる」ことができる。そして夫側の両親が妻を家に迎え入れたいと感じた時、妻の家にそのことを告げに行き、良い日を選んで妻を家に連れて帰り、その後はずっと一緒に暮らすという。
こうした慣習の由来を尋ねると、ヴァンさんはさらにこう教えてくれた。「恐らく人々がこの島に住み始めたころは生活が苦しかったため、結婚式を挙げなくても愛し合うもの同士が一緒に住んで子どもを作っていいことにしたのだろう。やがてそれが慣習になった。しかし式をしないことは、今の時流にも合っている。そんなに裕福でもないのに式にお金をつぎ込むより、式は行わなくても祝福を受けられる島の若者の方がよほど幸せだろう」
このようなわけで、島で結婚式を挙げればかなり奇妙な目で見られることになる。今では島外との交流も以前よりたやすくなっているので、外の人と結婚するカップルがまれに結婚式をすることがある。しかし、島の人は招かれても式に参加しない。「そんなのは本土の連中をまねしただけで、お金ばかりかかって何の意味もない」からだ。会社の上役などが時々式を催すこともあるが、参加するのは同僚や親しい友人だけで、地域の人は誰も参加しない。島では毎日新しい夫婦が誕生しているというのに、婚礼用品や衣装のレンタルは年に一度あるかないかだという。
インタビューした若い夫妻も、最新の携帯電話を持ち毎日ネットサーフィンを楽しむような現代的な生活をしながらも、結婚式はしなかったという。夫はこう語る。「最近の若い人たちの中には結婚式をしたがる人もいる。でも小さいころから島で生活してきて慣れてしまっているので、式を行わないことがぼくらにとっては自然なんだ。外の人に島の生活が時代遅れだとか女性を軽んじているとかいった誤解を与えないために言っておくけど、そういう決まりなんだ」
式をしないということは、結婚したことを周りの人が知らないこともあるのではないか。そのために夫がもし浮気したら? そう妻の方にたずねると、明快な答えが返ってきた。「島はある程度の大きさがあるとはいっても、ここの人にとっては島中が近い存在なの。島の人口は2万4500人、他の村の人でもみんな良く知っているわ。つまり式をしなくても夫婦になったことを島中の人が知っている。だから例えば不幸にして離婚したとしても、みんながそのことを知っているからその人は再婚することが難しいの。浮気についても同じよ」
地元人民委員会の副主席グエン・ティ・トゥイエット・ハン女史はこう語る。「今の時勢、若い人たちには式をしないことが時代遅れと映るようです。委員会としてもできるだけ式を挙げるよう勧めています。大勢を呼んで盛大にしなくても、両家の家族で2人の結婚を祝うものでいいと。でも島の人は親族というと100人以上にものぼることが多く、そうなると先ほどのような勧めも実際は難しいということになってしまう。結局、慣習に従った方がお金もかからないし楽だということです。要は若い夫婦が入籍の手続きをして、幸せに暮らしていればいいのです」