古タイヤを再利用してサンダルを作るという職業はこの数十年間でめっきり少なくなったが、ベトナムのタイヤサンダルブランド「ブアゼップロップ(Vua Dep Lop=「タイヤサンダル王」の意)」を展開するゼップカオスー・ドットコム・グループ(Depcaosu.com Group、ハノイ市)の最高経営責任者(CEO)であるグエン・ティエン・クオンさんは、タイヤサンダルを生まれ変わらせ、多くの人々に広めている。今やタイヤサンダルはベトナムが困窮していた時代の不格好で重い履物ではなく、用途が広く個性的なファッション商品になりつつある。
(C) tuoitre |
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ブアゼップロップの職人であるグエン・バン・チュオンさんが、大きくて鋭いノミのような特殊な刃物を石鹸水に浸してからゴムに切り込みを入れると、大きく固いゴムの塊が2つに分かれた。ブアゼップロップでは、大型トラックのタイヤのほかに航空機のタイヤも扱っている。長年にわたるタイヤサンダル製作の経験から、これらのタイヤは最も耐久性がある一方、最も扱いにくいものでもあるという。
以前、ブアゼップロップでは材料を確保するため、東北部地方クアンニン省から廃棄タイヤを丸ごと購入していた。1つ1つのタイヤはとても重く、職人たちは協力してタイヤの解体作業を行っていた。しかし今は、タイヤの解体の工程は別の工場に依頼し、サンダル製作に使うゴムの部分だけを購入するようになった。
チュオンさんは、北部で最後のタイヤサンダル職人とされていたファム・クアン・スアンさんの20人の弟子の1人だ。チュオンさんは以前、ハノイ市ハンボー通りにあったチュオンソン・タイヤサンダル生産会社で働いていたが、1985年に会社が解散し、ゴム製のサンダルは次第にプラスチックや革のサンダルに置き換わっていった。それに伴い、タイヤサンダル製作の仕事もほとんどなくなっていった。
会社の解散後、チュオンさんは印刷工場で働いたがそれも辞め、生活費を稼ぐために職を転々とした。当時はタイヤサンダルと縁を持ち続けることになるとは予想もしていなかったという。
後に師匠のスアンさんの義理の息子であるクオンさんがタイヤサンダル工場を復活させると、チュオンさんも誘われて再びタイヤ加工の技術を学ぶようになり、そしてホー・チ・ミン博物館の中庭にある小さな工場を任された。
チュオンさんはそこで客の要望に沿ってサンダルの製作と修理を行いつつ、最も重要な仕事として博物館を訪れる観光客に向けてタイヤサンダルの製作過程を実演している。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により博物館を訪れる観光客はほとんどいなくなってしまったが、チュオンさんを含む20人の職人たちは今も勤勉に仕事を続けている。