黄金に輝く名、ホーチミン市
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「ホーチミン市」という名称は、報道界や文芸界にとどまらず、人々の心の中にも深く根付いていた。
1975年4月30日、サイゴンの南ベトナム大統領官邸(現在のホーチミン市の「統一会堂」)の正門に2台の戦車が突入し、サイゴンが陥落した。これにより、長く続いたベトナム戦争が終結し、南北の統一が決定的となった。
その翌日、1975年5月1日の朝には、国内の多くの新聞が歓喜とともにサイゴンを「ホーチミン市」の名で呼んだ。ニャンザン(Nhan Dan=人民)紙やハノイモイ(Hanoimoi=新しいハノイ)紙は、サイゴンとホーチミン市の名称を併用した。
同年5月には、故ホー・チ・ミン主席の名を冠する都市を題材にした歌曲や詩、記事が次々と生まれた。
同年5月12日、米国のニュース雑誌「タイム(TIME)」の表紙には、故ホー・チ・ミン主席の写真と南北統一後のベトナムの地図が掲載された。地図の南部には、輝く星とともに「Ho Chi Minh City」と記されていた。
このように、「ホーチミン市」という名称は、正式な改名前から広く使われ、象徴的な意味を帯びていたことがわかる。
そして1976年、ベトナム国会はサイゴン・ザーディンを正式にホーチミン市へ改名することを決定し、同年7月2日、「ホーチミン市」が誕生したのだった。





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