セン村を訪れたハノイ市在住のレ・バン・グーさん(男性・80歳)は、茅葺き屋根と竹編みの壁の家に展示された簡素な遺物の前で長い間静かに立ち尽くしていた。
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「私の人生における最大の願いはホー主席にお会いすることでしたが、叶いませんでした。だから、キムリエン遺跡区を訪れ、風景や遺物を眺めるたびに、少年時代の主席がここで歩き回り、生活している姿を想像しています。本当に胸が熱くなり、これらの貴重な遺物を見つけ出し、保存してくれた歴代の遺跡区の職員の方々に心から感謝しています」とグーさんは心境を語る。
ホー主席に関する最初の博物館
1956年から1970年まで、ホー主席の家族の遺物の保存作業は、主にキムリエン村の共産党委員会と住民によって行われた。ホー主席が亡くなった翌年の1970年、党と国は全国で最初のホー・チ・ミン博物館を建設する方針を打ち出した。
ホー主席の父方と母方の故郷の既存の遺跡を基に、中央政府はゲアン省に対し、ホー主席の生涯、業績、故郷の遺産を保存・活用するために、最初のホー・チ・ミン博物館を設立するよう指示した。
そして、ホー主席の父方と母方の故郷の遺跡の展示に加え、キムリエン博物館は、故郷や家族、幼少期、ホー主席の故郷に対する思い、そしてホー主席の生涯と業績をテーマに遺物を展示した。
キムリエン特別国家級遺跡区の解説員チームも誕生したが、専門的な訓練は受けておらず、解説に関する短期指導を受けただけだった。当時、遺跡区は主に、南部の戦闘に向かう途中の軍隊の訪問団や、社会主義諸国からの国際的な訪問団を受け入れていた。
1983年、ホー主席の生い立ちと業績に関する展示は、当時建設されたばかりだったハノイ市のホー・チ・ミン博物館に移された。キムリエン特別国家級遺跡区はこれ以降、「故郷、家族、幼少期」と、「ホー主席の故郷への思い、故郷のホー主席への思い」という2つの内容を展示してきた。
キムリエン遺跡区とゲアン省文化当局は、これらの内容に関連する遺物の収集を継続的に行っている。特に、2019年から現在に至るまで、キムリエン特別国家級遺跡区は、ホー主席から故郷ゲアン省に宛てられた162通の手紙や電報、演説のほか、ホー主席が直筆で称賛の注釈を記したゲアン省の善良な人や善行に関する数十件の新聞記事などを収集してきた。




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