若き革命家グエン・バン・チョイの妻が死去、75歳

2019/07/08 06:18 JST配信

 ベトナム戦争時代の若き革命家であるグエン・バン・チョイの妻ファン・ティ・クエンさんが4日、ホーチミン市2区タオディエン街区にある自宅で死去した。75歳だった。

(C) zing
(C) zing

 告別式は4日午後7時から自宅で営まれ、6日午前4時30分に出棺、その後は故郷のメコンデルタ地方ベンチェ省ゾンチョム郡タンロイタイン村で埋葬式が行われた。

 チョイは1940年生まれで、南中部沿岸地方クアンナム省ディエンバン郡の出身。チョクアン(Cho Quan)発電所の電気工事士として働きながら、秘密裏に南ベトナム解放民族戦線の工作活動にも参加していた。

 バックトゥエット・コットンで働いていたクエンさんは同僚の紹介でチョイと交際を始め、2人は1964年4月に結婚した。

 1964年5月、サイゴンを訪れた当時の米国防長官ロバート・マクナマラを暗殺するため、一行が通過する橋(現在のホーチミン市3区のニエウロック運河にかかるコンリー橋)の爆破を命じられたが、爆薬を仕掛けるところを発見され、ベトナム共和国(南ベトナム)政府に逮捕された。クエンさんと結婚してわずか19日後のことだった。

 拷問にも黙秘を貫いて組織を守り切ったチョイは、同年8月に死刑判決を受け、10月15日に24歳の若さでチーホア刑務所(10区)において各国報道陣や群衆に見守られる中、銃殺刑に処された。

 処刑の場でも毅然とし、「打倒アメリカ帝国!ベトナム万歳!ホー・チ・ミン万歳!」と叫び、大きな衝撃を与えた。死後に英雄の称号や勲章が授与され、今なお多くのベトナム人から尊敬されている。

 クエンさんは、共産党に入党して特殊部隊の一員として革命に参加し、1969年には北部に渡って1973年に再婚した。

 革命のために命がけで闘う決意をしたチョイ、そして若き革命家と新妻の愛の物語を綴ったクエンさんの手記「Song Nhu Anh」は、「あの人の生きたように―グエン・バン・チョイの妻の記録」の邦題で日本語でも出版され、ベストセラーになった。

© Viet-jo.com 2002-2026 All Rights Reserved 利用規約 免責事項

この記事の関連ニュース

 ホーチミン市警察は、同市10区ホアフン(Hoa Hung)通りにあるチーホア(Chi Hoa)刑務所をクチ郡ファムバ...

新着ニュース一覧

 「豚骨麺屋一番軒」や「肉汁餃子のダンダダン」などの飲食店運営や食品販売などを手掛ける株式会社ベス...
 企業のサステナビリティ経営を支援する株式会社ゼロボード(東京都港区)は、グリーン成長や持続可能な開...
 7日のベトナム株式市場は、ホーチミン証券取引所(HSX)のVNインデックスが大型株の牽引により上昇し、史...
慣れない海外生活、急病や事故
何かあってからでは遅い!
今すぐ保険加入【保険比較サイト】
 ホーチミン市の中心部には、築140年以上の給水塔が今も存在している。この建築物は、19世紀末にフラン...
 トー・ラム書記長 兼 国家主席は5日から7日にかけてインドを国賓訪問し、ナレンドラ・モディ首相および...
 配車アプリを展開する地場Beグループ(Be Group)は、5月8日より各種サービスの料金を+2~11%引き上げる...
 インドネシアのフィンテック企業クレディボ(Kredivo)は6日、ベトナムのデジタル銀行ティモ(Timo)の買収...
 ベトナム国家銀行(中央銀行)によると、2025年末時点で15歳以上の国民の銀行口座保有率が約89%に達した...
 レ・ミン・フン首相はこのほど、戦略的技術および戦略的技術製品のリストを定めた決定第21号/2026/QD-T...
 インドにおける2026年1~3月期の電気自動車(EV)販売台数ランキングで、ベトナムのEVブランドがトップ4...
 国内最大手の格安航空会社(LCC)ベトジェットエア[VJC](Vietjet Air)の子
 観光不動産開発を中核とする地場系コングロマリット(複合企業)サングループ(Sun Group)によると、南部...
 観光不動産開発を中核とする地場系コングロマリット(複合企業)サングループ(Sun Group)傘下のサン・フ...
 ハノイ市ドンアイン村の国家展示センター(VEC)で、5月13日(水)から15日(金)まで、「ベトナム国際広告設...
 科学技術省によると、全国における第3世代移動通信システム(3G)、第4世代移動通信システム(4G)、第5世...
トップページに戻る