米系経済誌フォーブス・ベトナム(Forbes Vietnam)はこのほど、2021年の人々を最もインスパイアする女性トップ20を発表した。著明な経営者や学者、医師、芸能人、スポーツ選手が名を連ねる中、ひときわ異彩を放っている女性がいる。それが、宝くじ売りの老婆サウさんだ。
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サウさんの本名は、チャン・ティ・キム・ティアさん(63歳)。南部メコンデルタ地方ティエンザン省ゴーコンドン郡で生まれ育った。実家は貧しく、両親を早くに亡くし、34歳のときに生活のため、ドンタップ省タップムオイ郡に移り住んだ。
独身を貫いており、子供もおらず、誰にも頼らず独りで生きてきた。若い時分は主に宝くじ売りで生計を立て、時々カシューナッツの皮むきのアルバイトもしていた。80年から90年代には、地域の女性組合や赤十字社の運動に参加。2002年からは、村の人民委員会が主催する子供向け水泳教室でコーチを務めている。
最初の数年は、1クラス10人程度だったが、年を追うごとに生徒数が増えていき、この数年は1クラス50人~60人という人気コースとなった。1年間、水泳を習っても泳げなかった子供が、サウさんの指導のおかげで僅か数日で泳げるようになるなど、保護者からの評判は高まるばかりだった。
水泳の指導は子供を水難事故から守ることにも繋がる。熱心に指導を続けてきたサウさんだったが、2020年には低血圧で倒れて、近所の人たちに病院に緊急搬送された。幸い命に別状はなかったが、周囲からのアドバイスもあって、この1年は宝くじ売りはしておらず、専ら子供たちに水泳を教えている。
19年間、無償で水泳を教え続けたサウさん、これまでの教え子の数は4000人近くに上るという。
「昔、宝くじ売りと水泳コーチをしていた時、大勢の人に馬鹿だと言われたわ。宝くじだけ売っていれば稼げるでしょう?ただで水泳を教えて何の得があるのってね。でも、テレビで子供が溺れ死んだというニュースを聞くたび、可哀そうに思うの。自宅を出れば、すぐ川が見えるわ。子供たちが溺れてしまわないように、泳ぎ方を教えたいの。それだけのことよ」とサウさんは語った。
他人からすれば馬鹿げた行為だったかもしれないが、善行はいつの日か社会に認められるものだ。サウさんの活動は今では多くのメディアで取り上げられ、政府からも認められている。
今は子供たちが夏休みなので、サウさんの水泳教室も忙しい。早朝に起きて食事を済ませ、午前7時にはバイクを走らせて水泳を教えに行き、また午後2時にも教室がある。保護者が忙しくて迎えに来れないときは、自宅まで子供を送り届けることもあり、帰宅が遅れる子供たちのために、ご飯を振舞うこともある。ただし、このコロナ禍の影響で、現在の生徒数は1クラス10人程度まで減少しているという。
献身的なサウさんの社会貢献活動は、国内のみならず国際的にも評価されている。2017年には、英BBCによる世界に影響を与えた女性100人を選ぶ「100人の女性」に選出。2018年には、KOVAペイントグループ主宰の「KOVA賞」を受章。2020年には、ベトナム政府から第3等労働勲章を授与された。
そして、2021年には冒頭で述べた通り、フォーブス・ベトナム(Forbes Vietnam)による2021年の人々を最もインスパイアする女性トップ20に選出。他の19人と比べると、サウさんには、権力や社会的地位がなく、高い学歴もない。しかし、子供を水難から守るというサウさんの活動は意義があり、地域社会への貢献度合いが非常に高いと評価された。
今年63歳になるサウさんに、何歳まで水泳を教え続けるのかと尋ねたところ、「さてね。車輪が回らなくなったら、その時が辞め時かもしれないわね」と答えた。