ホーチミン市旧5区(現在のチョロン街区)にあるダイクアンミン市場(cho Dai Quang Minh)は、別名「ダイクアンミン商業センター(trung tam thuong mai Dai Quang Minh)」とも呼ばれている。この市場は、かつてはサイゴン(現在のホーチミン市)のアパレル副資材(縫製副資材)業界の「心臓部」で、毎日何千点ものレースやビーズ、リボンなどが商人たちの手によって市内や近隣省へと運ばれていった。
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今も市場の狭い通路には色とりどりの商品が並んでいるが、かつての売買の賑わいは遠のいた。残っているのは、徐々に色あせていく記憶の一部をつなぎ留めるかのように、静かにこの地に踏みとどまる商人たちの姿だ。
市場の狭い通路の中で、リー・カー・クアンさん(女性・42歳)の店は、赤や青、紫のレースが壁一面に積み重なり、ひときわ目を引く。面積4m2余りの店の片隅で、クアンさんは絡まった糸を手際良くほどきながら、ずれたレースの束を整える。優しい声には、誇りと、こみ上げるような思いがにじんでいる。
「この店は、母が残してくれたものなんです。当時、母は本当に苦労していました。朝早くから台車を押して市場へ行き、夜は帳簿を付けて計算をしていました。私は小さいころから母について市場に出かけ、18歳のときに正式に店を任されました」とクアンさんは語る。
当時のダイクアンミン市場はいつも賑わい、客は糸やリボンを求めて押し合いへし合いしていた。市場が位置するチャウバンリエム(Chau Van Liem)通りの一帯には、小さな縫製工房から聞こえるミシンのリズミカルな音が響き渡っていた。
「母は、ご飯を食べながらお客さんに商品のアドバイスをするなんてこともありました。一方の私は、商品を運んだり、あちこちへ配達に走り回ったりしていました」とクアンさんは振り返る。
客足がめっきり減った今、クアンさんは繰り返しこう願っている。「もし母が生きていたら、この場所が今、どれだけ変わってしまったかを見せてあげたかったです。でも、今でも私はこの店を守り続けています。母の一部を、そして自分の子ども時代の一部を守るかのように」。
以前のクアンさんの店の主な客は、アオザイやウェディングドレスの仕立て屋や、ブティックだった。しかし、縫製産業が活況を呈し、オンライン市場が発展するにつれて、常連客は次第に減っていった。
「昔は1日で数千万VND(1000万VND=約6万円)を売り上げるのが当たり前でした。でも、今では1週間の売り上げですら店の賃貸料に届かないこともあります」。
自分で縫製するために副資材を買う若者は少なくなり、安く早く便利に手に入る既製品が選ばれるようになった。世の中の変化とともに、かつて賑わった市場には、重苦しい静けさが漂う。





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