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リエンさんは、視覚障がい者のバンドメンバーであるピアノのチャン・トゥオンさん、ギターを優しく弾くクオック・ホアンさん、哀愁を帯びた竹笛を吹くブー・リンさんと一緒に、1つ1つの音符を夢中になって丁寧に演奏する。ハワイアンギターの優雅で気品のある音色が彼らの素朴な音色と溶け合うとき、それは生命力に満ち、力強く響き渡る。
2月に行われた7枚目のアルバムの発表会で、ボランティア医師協会の運営委員会代表である医師のゴ・トゥアン・アインさんは、感動を隠しきれずにこう語った。「我々は専門職としてメスや薬で人を救います。でも、リエンさんはギターの音色で我々や患者の魂を救うんです。障がいのある仲間たちと一緒に、汗で背中を濡らしながらもいつも笑顔を絶やさず一生懸命練習するリエンさんの姿を見ると、我々もまだまだ頑張らなければならないと思わされます!」
単なる音楽作品の枠を越え、新しいアルバムにはボランティア医師協会の10年間の懸命な歩みがすべて詰まっている。これは、心臓手術や学校建設の資金を集めるため、リエンさんが少しずつ貯めたお金で作られた贈り物だ。
歩けるうちは、まだもうけもの
85歳になっても、リエンさんの鉛のおもりを着けた両足は、あちこちを駆け巡る医師たちの後を静かについていく。その小柄な身体が、揺れの激しい車での長旅に耐え、東北部地方の各省や辺鄙な村々にまでたどり着けるとは、誰も予想しなかっただろう。
東北部地方トゥエンクアン省(旧ハザン省)の山間部で、テト(旧正月)の時期に撮られた1枚の写真がある。岩だらけの高原の冷たい霧の中で、リエンさんの真っ赤なアオザイが鮮やかに浮かび上がっている。リエンさんは身をかがめてモン族の子どもの暖かい上着を直してやり、しわくちゃの両手をその子のひび割れた頬にぴったりと当て、不思議なほど穏やかで優しい笑顔を浮かべている。
リエンさんはこう語る。「私はもう年老いて、このギターの音色と、わずかな体力しか残っていません。歩けるうちは、まだもうけもの。私がギターを弾くことで、医師たちが貧しい人々に薬を買うためのお金を少しでも増やす手助けになるのなら、私は息絶えるまで弾き続けますよ!」
夜も更け、カフェ「モーフォー」の客足はまばらになった。リエンさんは黙々と道具を片付けている。足首に巻かれた鉛のおもりは、これだけの時間が経てば、きっと重くのしかかっているはずだ。それでも、リエンさんの後ろ姿と歩調は、不思議なほど軽やかだ。
リエンさんが奏でるハワイアンギターの音色には、悲哀の影は微塵も感じられない。それは、リエンさんの人生そのもののように素朴かつ不屈で、ハノイ市の夜の片隅に静かに温もりを吹き込んでいる。
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・ 視覚障がい者の音楽バンド「ナンモイ(新しい光)」、それぞれの夢 (2020/09/13)

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