![]() (C) VnExpress |
かつてベトナム共和国(南ベトナム)のゴ・ディン・ジエム政権下で「生き地獄」と恐れられ、多くの愛国者や革命活動家が収容され、拷問を受けたフーロイ刑務所(Nhà tù Phú Lợi)が、現在はその凄惨な歴史を伝える国家級革命歴史遺跡として多くの観光客や見学客を集めている。
フーロイ刑務所は、ホーチミン市フーロイ街区(旧ビンズオン省トゥーザウモット市)の12月1日(モットタンムオイハイ=1 Tháng 12)通りに位置しており、ホーチミン市中心部からは約35kmの距離にある。
ゴ・ディン・ジエム大統領率いる南ベトナム政府は、ベトナム独立同盟会(ベトミン)や南部の反体制派グループと関係があるとされた人々を排除する目的で、1955年から1963年にかけて数多くの「政治犯」を弾圧した。
この施設は、もともと日本軍やフランス軍の基地として使用されていた場所を、1957年に政治犯らを収容・弾圧するための「フーロイ矯正センター」として改修したものだ。
厳重に管理された大規模な刑務所の構造
刑務所の敷地面積は約7万7000m2に及び、収容者を管理するための監房、懲罰房、柵などが設けられていた。全体は「バクダン」、「チーラン」、「ドンダー」の3つの収容区に分かれており、各収容区にはAからHとNの記号が振られた監房が配置されていた。
現在も一部の施設が修復・保存されており、中でもレンガ造りの強固な壁と何重もの有刺鉄線に囲まれた「C監房」は、当時の厳重かつ閉鎖的な環境を今に伝えている。
1つの監房には、通常300~500人、最も多い時には700人が収容されていた。全体では、子どもや高齢者を含めて6000人を超える人々が収容されたという。

から



)
)
)
)
)

)


)
)
)
)
)
)
)
)
)
)
)
)
)
)
)











