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凄惨な拷問と過酷な拘禁方法
監房から約150m離れた場所には、懲罰房エリアが設けられていた。このエリアには共同房のほか、わずか約2m2の広さしかなく、光も遮断された極めて狭く息苦しい独房が並んでいた。
さらに過酷な拘禁方法として、地下に掘られた「有刺鉄線の地下房」も存在した。これは、深さ0.8m、幅2.5m、長さ4mの穴で、天井部分が幾重もの有刺鉄線で覆われており、暑い時期には15~20人が同時に押し込められた。この地下房では、わずかに頭を動かすだけでも有刺鉄線が頭に突き刺さるため、収容者は身動きすら取れない状態が5~7日間も続いた。
また、有刺鉄線で編まれた三角形の「有刺鉄線の檻」も使用され、上半身裸の収容者が背を丸めた状態で、やはり5~7日間にわたり日光にさらされるという拷問が行われた。
歴史に刻まれた毒殺事件
当初、刑務所内の各房で収容者が寝る床面は木製だったが、1958年末に発生した「フーロイ刑務所囚人毒殺事件」の後にセメント製に改修された。現在は基礎部分のみが残されている。
この「フーロイ刑務所囚人毒殺事件」では、食事に毒が混入されたことにより、数千人もの収容者が中毒を起こし、多くの犠牲者が出た。
収容者の士気を下げ、抵抗を阻止する目的で南ベトナム政府が計画・実行したこの事件は、国内外の世論に大きな衝撃を与え、激しい非難を巻き起こした。

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