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店主の一家が次々とこの世を去った後、フン・リンさん(女性)とゴック・リエンさん(女性)は、市場の路地にあるフーティエウ(ベトナム風米粉麺)の屋台を守り、知的発達に遅れのある末っ子の「坊ちゃん」を支え続ける決意をした。
午後6時、リンさんは、ホーチミン市チョロン街区(旧5区)のサータイ(Xã Tây)市場の路地にある小さな厨房で、スープ鍋の蓋を開ける。夜の営業に向けて、肉や骨、エビ、イカ、牛肉団子、内臓肉、肉詰め豆腐などのトレイを確認していく。
店の外では、ホー・タン・チーさん(男性・43歳)が路地の角に4卓のテーブルを運び出し、椅子を並べて調味料の瓶を置いている。準備が整うと、布巾を手に取り、テーブルを拭き上げていく。
「チーは物静かで、動作も少しゆっくりですが、とても働き者ですよ。言われたことは何でもその通りにやってくれます」とリンさんは語る。
リンさんとリエンさんはともに広東系の華人で、チーさんの両親が営んでいたフーティエウ屋台を1977年から手伝ってきた。2人とも結婚はしておらず、子どももいない。
現在、リンさんは店から約2km離れたチョロン街区のグエンチーフオン(Nguyễn Tri Phương)通りできょうだいと暮らしている。一方、リエンさんはタンフー街区(旧タンフー区)で親族と暮らしている。
雇われ人として働き始めた2人は、50年近くにわたり、チーさん一家の大きな支えとなってきた。
サータイ市場のフーティエウ屋台は、チーさんの祖父の代から続いているものだ。祖父に続いて、チーさんの父親であるホー・トー・ハーさんと母親のトゥエンさんが店を継いだ。
市場がまだ賑わっていた頃は、毎晩150杯以上を売り上げるほどだった。長年店に寄り添ってきたリンさんとリエンさんに対し、店主夫妻はいつも優しく接し、2人の家族に何かあるたびに手を差し伸べてくれたという。
ハーさん夫妻には3人の子どもがいた。チーさんは末っ子で、幼い頃から知的発達に遅れがあった。1998年にハーさんが亡くなり、その後、上の子ども2人も2年続けて交通事故で帰らぬ人となった。

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