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ハノイ市のバックマイ送信所は、1945年9月に独立宣言を放送した場所であると同時に、「ベトナムの声放送局(VOV)」が誕生した場所であり、国家の80年間にわたるラジオ放送の旅の始まりの場所でもある。
独立宣言の式典が行われる1週間ほど前、国家ラジオ放送局の設立という任務が3人の幹部に託された。しかしその時点で、彼らはラジオ局に何が必要かさえも知らず、機材も何もなかった。
1945年9月1日、翌日に控えた独立宣言の式典を生放送できるかと尋ねられると、放送担当チームの技術者のグエン・クン氏は「やるだけやってみましょう」と答えた。
まさにその「やってみる」の精神こそが、ハノイ市の空に初めて独立宣言の放送を響かせ、「ベトナムの声放送局」の歴史を開いた。それは後に、政府と国民をつなぎ、ベトナムの声を世界に届ける架け橋となっていった。
ベトナムの声放送局の元編集長であるチャン・ラム氏によると、1945年8月、8月革命の熱気が高まる中、故ホー・チ・ミン主席は、当時内務相だったボー・グエン・ザップ氏と情報省に対し、「国家ラジオ放送局を何としても早急に設立せよ」と指示した。
ホー主席の指示を受けて、8月22日にラム氏、チャン・キム・スエン氏、チュー・バン・ティック氏の3人が、このラジオ局の設立の任務を正式に託された。
ホー主席は「9月2日に必ず放送せよ」という指示は与えず、ただ「革命を広めるためにラジオ局の設立を準備せよ」とだけ語った。
ホー主席は指示の中で、ラジオ局の2つの重要な任務を明示した。
まず、国内向けの任務として、ラジオは党と政府の方針と政策を最も迅速かつ広範囲に伝達し、国内外の情勢を適時報じるメディアとなり、政府と地域、国民をつなぐ架け橋となるということを挙げた。
次に、国際向けの任務として、ラジオは国境を越えてベトナムの声を世界に届け、ベトナムのイメージを世界に発信し、ベトナムの革命に対して世界の人々から共感と支持を得るということを挙げた。
しかし当時、この任務を託された3人はラジオ局に何が必要かさえも知らず、仮に知っていたとしても手元には機材も何もなかった。送信機もスタジオもなければ、技術者もアナウンサーもいなかった。