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フン中将は、実証に基づく方法が徐々に限界に達しつつあることを認めている。かつて仲間が犠牲になったのを直接目撃した人々は日に日に少なくなっている。多くは亡くなり、存命の人も記憶がもはや完全ではない。
戦場だった場所も日々変化しており、証言者でさえ元の場所を再び特定することが困難になっている。たとえ場所が特定できたとしても、烈士の身元を確認するための有益な手がかりを見つけられる可能性はわずかだ。
新しい捜索地域でショベルカーが表土を剥がし終えるたび、現場全体は静まり返る。クアンチ省軍事司令部所属の第584烈士遺骨収集隊の隊員が、それぞれ小さな区画を受け持ち、鍬、シャベル、左官ごてを使い、黙々と薄い土の層を削り取っていく。
第584部隊の副隊長であるグエン・チュン・タイン中佐は、いつものように掘った穴に降り、握りこぶし大の土の塊を拾い、軽く握って土を崩してから、うつむいて観察する。この動作が毎日何百回も繰り返される。遺骨を捜す兵士たちにとって、それは1本の歯や小さな骨片も見逃さないための唯一の方法なのだ。
「戦死から50年以上経過した遺骨は大部分が分解されています。土に紛れた数本の歯しか残っていないケースも多く、見分けるのが非常に困難です。もし急いでシャベルですくい、土を捨ててしまえば、痕跡も失われて、その烈士の身元を確認する機会は閉ざされてしまいます。烈士たちは国のために犠牲になりました。我々は最大限の敬意をもって、遺骨を引き上げなければならないんです」とタイン中佐は語る。
タイン中佐によれば、以前は発見された遺骨のほとんどに遺品が残されていたものの、名前や番号、身分証明書などはなかった。収集作業が完了した後、遺骨は「情報未確認の烈士」として烈士墓地に運ばれていた。しかし現在では、DNA鑑定技術のおかげで、身元確認の可能性はますます高まっている。
フン中将は、「烈士の遺骨捜索・収集・身元確認を強化する500日間集中プロジェクト」が特別な意味を持つ理由は、規模だけでなく、従来とは全く異なるアプローチにあると話す。
以前は、各地方や部隊が独自の計画に基づいて捜索を展開していたため、規模が小さく、運営が統一されていなかった。烈士の遺骨の捜索・収集・身元確認の活動が、軍や政策部門だけの任務としてではなく、国家規模のプロジェクトとなったのは今回の「500日間集中プロジェクト」が初めてだ。
「以前の烈士捜索は、主に遺骨を見つけることでした。しかし今、目標はそれにとどまらず、彼らの『本来の名前を取り戻す』ことでもあるんです」とフン中将は語る。
内務省傘下功労者局のブー・ゴック・トゥイ副局長も、中央から地方、軍、警察、科学機関、DNA鑑定機関、各レベルの指導委員会に至るまで、すべての関係機関・組織が統一されたプロジェクトに参加するのは今回が初めてだと語る。「これほど大規模に総力を結集したことは、かつて一度もありませんでした」とトゥイ副局長は話す。
「500日間集中プロジェクト」を予定通り進めるため、K73部隊の兵士たちは今年の乾季にあたる10月ごろにカンボジアに入り、そのまま現地で2027年のテト(旧正月)の大みそかを迎える予定だ。
今回、部隊は7月初旬にある退役軍人から送られてきた図面により、新たな捜索地点を1か所特定した。その図面には、数本の鉛筆の線と殴り書きの注釈が添えられていた。
図面には、1979年にカンボジアのバタンバン州で犠牲となった、第3軍団第234防空旅団所属の34人の烈士が眠っているとみられる位置が記されていた。電話越しに、その退役軍人は3人の将校の名前と階級しか思い出せなかった。
「ぼやけたインクの跡や古い地図のような小さな手がかり1つでも、烈士たちが1日も早く家族のもとへ帰る道を開いてくれるんです」と、K73部隊の隊長は語った。
・ 消えゆく証言者の記憶、異国で戦死者の遺骨を捜す兵士たち【前編】 (2026/08/02)
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