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ちょうどそのころ、ラムさんは物心がつき、認知機能も発達しつつあったが、再び大小様々な病気にかかるようになった。
歯髄炎を患い、歯茎が腫れて食べることも飲むこともできなくなったこともある。そのとき、リエンさんは病院に連れて行こうとバイクタクシーを探したが、誰にも乗せてもらえなかった。仕方なく、自分のバイクで前にラムさんを座らせて病院まで連れて行き、手術を受けさせたのだった。
あるとき、リエンさんが血液の感染症にかかり、自宅で療養しなければならなくなった。リエンさんはラムさんに「もしお母さんが死んじゃったら、どうやって生きていく?」とたずねてみた。するとラムさんは「一緒…に…死ぬ」と、どもりながら答えた。リエンさんは泣き崩れ、自分がこの子に生きる方法を教えなければ、と思った。
その後、毎日午後になると夫婦はラムさんを学校の空き地に連れて行き、這ったり、掴まったり、物を掴んだりする練習をさせた。良い療法があると聞けばすすんで受け入れた。
2019年半ば、リエンさんがばたばたと野菜の下処理をしていると、背後に座っていたラムさんが突然「お母さん」と口にした。リエンさんは驚き、笑いながら涙を流した。ラムさんは少しずつ、自分で這ってトイレに行けるようになり、自分でごはんを食べたり、携帯電話でいたずらをしたりできるようになっていった。
リエンさんによれば、ラムさんを育てて25年が経った今、一家の生活は豊かではないものの、不足していることもなく、医療費や米の支給も政府の支援を受けているという。
リエンさんのたった1つの願いは、1度でいいからラムさんが実の母親に会うということだ。リエンさんは毎晩、自分は養母で、生みの母親が別にいるのだとラムさんに声をかけている。
「ラムの実の母親のことを責めたり怒ったりはしません。きっと彼女だって、血のつながった子供と離れるのはとても辛かったはずですから」とリエンさんは語った。